ひだまり |
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それは、私の見つけた小さな日溜まり。 小さい頃、他の子よりも鈍くてとろい私は、いつもお兄ちゃんについてまわっていた。 だから幼い頃の私にとって世界はお兄ちゃんそのものだった。 少し大きくなって、アカデミーに入ってからもお兄ちゃんはずっと私の手を引いてくれたから、私はいつもお兄ちゃんと一緒だったの。 ある日、友達と遊びに行くお兄ちゃんについていった私は、途中でみんなとはぐれてしまった。 繋いでいた手が走っている間に離れて、私はお兄ちゃんたちについていけなくて、街から離れたひとけのない場所でひとりぼっちになってしまったの。 独りは寂しくて、私は泣きながらお兄ちゃんを探して、だけど見つからなかった。 泣きながら歩いて、歩いて、歩いて。気がついたら、私はどこか知らない森の中にいたの。 その森は、繁る木々がお日様を隠してしまっていて、とっても暗くて、小鳥の声も聞こえなくて、どうしたら良いのか分からなくなって、私は足を止めたの。 そしたら、遠くから獣の声が聞こえて、怖くなって、私は近くの木の根元に座りこんだの。 膝を抱えて、太い根っこと根っこの間に埋まるように顔を伏せて、小さく体を丸めて、その獣の声が聞こえなくなるまで、身じろぎひとつしないでずっとうずくまっていた。 どのくらいそうしていたのかは分からないけれど、心細くて、ずっと、それこそ何時間も何日も経ったような気がした頃、いきなり頭の上から声がしたの。 「何してるの?」 それは、私と同じくらいの子供の声。 不思議そうにたずねてきたその声に、私は驚いて勢い良く顔を上げたの。 だって、こんな所に誰かいるなんて思わなかったから。独りじゃないって思ったから。 顔を上げて、一番初めに目に入ったのは、きらきらと光る金色。お昼の空にある、お日様の色。 びっくりして、でもしっかりと見たら、その金色がお日様じゃないってわかった。 金色の、きらきら光る、髪の毛。 お日様じゃないってわかっても、私は輝くそれに目を奪われて何も言えないままじっと見つめていたの。 そうしたら、お日様の髪の毛はふわふわと揺れながら近づいてきて。 「おまえ、何してるんだってばよ?」 目の前に、青空が広がった。そう思うくらいの、真っ青な瞳。 見たことのない人の顔が、鼻が触れそうなくらいに近くにある。 「あ、あの…私、迷子なの……っ」 びっくりしたは私は、小さな震える声でやっとそれだけ言った。目の前の青い瞳を見つめたまま。 だって、目を逸らしたら消えてしまうかもしれないから。 私と同じくらいの背と、お日様色の金色の髪の毛と、とっても綺麗なお昼の空みたいな色の瞳の、その子はまるでお日様の子供。 じっと見ている私に、お日様の子は後ろに下がって、困ったような顔をして頬をぽりぽりと掻いた。 ほっとしたのと少し残念に思ったのとで、張り詰めていた気が弛んで、私のお腹がくぅーって鳴いて、私は驚いて、それから真っ赤になって俯いた。 そしたら、お日様の子は心配そうに聞いてくれたの。 「もしかして、ハラ、減ってる?」 赤い顔のまま、私は小さく首を縦に振った。恥ずかしかったけど、でも、このまま否定したらきっと私は置いていかれる。そう感じたから。 そしたら、その子は、そっか、って言って後ろを向いてどこかに行こうとした。 だから私は慌てて、その子のシャツの裾を掴んだの。 「まって…っ、おいて行かないで!」 泣きそうな声で、とっさにそれだけ言えた。もう、独りになるのは嫌だったから。 そうしたら、その子は振り向いて、笑ったの。 「一緒に来る?」 私は頷いて、掴んだ裾を放さないように急いで立ち上がった。 その子は私を気づかって、ゆっくりと歩いてくれて、私は生まれたばかりの鳥のヒナみたいに、その後ろを引かれるままについて行った。 ついて歩いて、次に目に入ったのは、眩しい光だった。 そこはちょうど木がなくて、丸くひらけた小さな広場みたいな所。暗い森の中にある、小さな日溜まり。 「こっちだってば」 急に明るい所に出たことにとまどって足を止めてしまった私の手をとって、お日様の子はその広場のまん中に連れて行ってくれた。 そこには大きな木の切り株。 腰の上くらいの高さのあるそれに私を座らせて、お日様の子は近くの背の低い木に走って行った。 私は切り株に座って、その木に向かって何かしているその後ろ姿を、じっと見つめていた。 振り向いた時、その子は手に赤いものをいっぱい乗せて、バランスを取りながらよたよたと私の方に走って戻ってきてくれたの。 差し出してくれたその手には、たくさんの木イチゴとヤマモモの実。 「食べよ?」 そう言って私の隣に座って、私との間に赤い実を置いてくれた。 小さな紅い木イチゴと、丸くて赤いヤマモモの実と。 その子は小さな実を口に放り込むと、同じ実を私の手に置いてくれたの。 「うまいってばよ?」 そう言って、その子にって笑った。 初めて見たその笑顔はとっても眩しくて、その姿と一緒でお日様みたいだったから、私はつられて笑っってしまったの。 綺麗なその笑顔が私だけに向いているとことが、なんだかとても嬉しくて。 赤い実は甘くて良い香りがして、空の上のお日様はぽかぽかして、私はとても幸せだったの。 赤い実が無くなって、今度はふたりで一緒に採って、また食べて。ふたりして、お腹いっぱいになって。 そしたら、その子はにっこり笑って言っってくれた。 「森の外まで連れて行ってあげる」 その言葉で、私は思い出したの。自分が迷子だってことに。 そうしたら、さっきまでの楽しい気分が急にしぼんでしまったの。 そんな私を見て、その子までしゅんとなってしまって。 さっきまでの笑顔がなくなったことがすごく残念で、けれど、それは私のせいで…。 俯いて黙ったままの私の手を引っ張って、道も目印もない森の中をその子は迷いもなくまっすぐに、それでも私を気づかってくれて、ゆっくりと歩いてくれた。 森の端っこまできた時、その子は立ち止まって私を振り返ったの。 「ここからだったら、帰れる?」 木の間から見える小さな道は見覚えのある道だったから、多分帰れるって、私は頷いた。 そうしたら、その子はほっと息をついて笑ったの。 「よかったてば」 ふんわりと、お日様のようなその笑顔。 私はその子に笑顔が戻ったのが嬉しくて、笑った。 「ありがとう」 思っていることを言葉にするのはむつかしくて。 だから、いっぱいいっぱい、いろんな思いを込めてそう言ったの。 きっと、今日のことは忘れないから。 その時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえたの。 「お兄ちゃん!」 私が呼び声のした方に向いて呼び返した時、後ろでがさがさと木の枝をかき分ける音が聞こえたの。 慌てて振り返ると、少し離れて森の中に入りかけている後ろ姿が目に入った。 「まって! どこ、行くの!?」 とっさに呼び止めて、たずねると、その子は振り向いてにっと笑った。 「今日のことは、ふたりだけのヒミツだってば!」 その子が手を伸ばして小指を差し出したから、私もその小指に自分の小指を絡めて、ゆびきりした。 「うん」 するりと指が離れて、私と同じくらいの小さな体が森の中に消えて行った。 きらきらと光る髪が見えなくなって、木をかき分ける音も聞こえなくなった頃、お兄ちゃんが私を見つけてくれた。 私を探して、息を切らして走ってきてくれて。だから、ごめんって謝った。 だけど、あの子のことは言わなかった。 お父さんにもお母さんにも、そして、お兄ちゃんにも。 嘘をついたわけじゃないの。ただ、黙っていただけ。隠していただけ。 だって約束したから。ふたりだけの秘密だって…。 私はとっても幸せで、だから誰にもナイショにしたの。 それは、お兄ちゃん以外の私の世界。 初めて見つけた小さなひだまり。 おひさま色の髪の毛と青空色の大きな瞳の、私だけの秘密のひだまり。 だから、誰にもナイショなの。 私だけのものだから…。 END
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