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 二人が約束をしたのは、ようやく梅の蕾が緩みはじめた頃のこと。
 人気のない里のはずれの丘の上、早春の昼は短くて、すでに日は暮れ始めていた。


「絶対だってば」
 ナルトは壊れ物を触るように、そっと、ヒナタの頬に触れた。
「絶対に、なるから。 だから、待ってて欲しいってば」
 その真剣な言葉に、ヒナタは微かに頷いた。
「うん、待ってる。 信じてるから…」
 うっすらと頬を染めて、精一杯のことばで伝えようとするヒナタに、ナルトは微笑む。
 そして、ヒナタを抱きしめた。
「大好きだってば」
「わたしも、好き、です…」

 朱色の西日がふたりを照らす。
 ふたりの顔は、夕日に負けないくらいに真っ赤に染まっていた。


 それは、ふたりが12の頃。
 まだ下忍だったころの、約束。


彼と彼女のふたりの約束


 ──月日は流れた。

 四月某日。
 春らしいぽかぽかと柔らかい日差しが差し込む、火影邸。
 木の葉の里の中心に位置し、里一の広さを誇り、里内で最も安全だと謳われるその屋敷にすさまじく破壊的な轟音がとどろいたのは、火影に仕えて早ン十年の女中頭がそろそろ昼食の用意をと考え始めた頃だった。


 爆音の発信源は火影の執務室。
 その轟音が部屋のあるじにして家主である火影の鼓膜を打った直後、右頬2センチのところを愛用の文机が上忍の投げたクナイ並のスピードでもって飛び去っていった。
 ──ちなみに、その文机は筋力に自信のある里の成人男子が3人がかりでようやく数センチ持ち上がるかどうかという、いわくつきの一品である。
 それに追随するように、2度目の、これまた恐ろしいほどの破壊音がその直後、文机の消えた方角から部屋中に響き渡った。
 その鼓膜も破れんばかりの衝撃的な破壊音を2度も耳にして、火影は内心凄まじく動揺したが、表面上なんとか冷静を装うことに成功した。
 ゆっくりと首をめぐらせ、視線を己の後方へと向ける。
「…………」
 フリーズ。
 背中のほぼ真後ろにあった太い大黒柱はへし折れ、その両側にある張り替えたばかりの障子は無残にも砕け散っている。
 そして凶器となった文机は、部屋の外、中庭の中央にある浅い池の底に半ばのめり込んでいた。
 いっそ見事なまでの惨状である。
「…………」
 30秒後、火影はギギギと油の切れたカラクリのようにぎこちない動きで、なんとか首を元に戻した。
 完全解凍には程遠いのか、行動開始から終了まで先ほどの5倍の時間がかかっていたが、文机を右足一本で蹴たぐり飛ばした相手は一向に気にした様子もなく微笑んでいる。
「…いったい、どうしたんじゃ……」
 ようやく搾り出した声は、目の前の人物に目を合わせた瞬間尻すぼみに消えた。
「ホントにわらないってばよ?」
 明るく朗らかな笑顔と声で聞き返したのは、本日未明に任務を終えて暗部から抜けたばかりの、うずまきナルト15歳であった。
 もともと人好きのする顔は、年とともにいたずら小僧のそれから愛嬌のある若い男のものへと変わりはじめ、必要以上に虚勢を張ったような立居振舞は、自然でかつ余裕のあるものへと昇華されようとしている。
 しかし、今現在、その笑顔は場を和ませるようなものでも、微笑ましく笑顔を誘うようなものでも全くなく、背筋が凍るような奇妙な迫力を持って迫ってきていた。
 カツカツ響くとわざとらしい足音が、火影の恐怖をさらに増長させる。
「前に会った時、今回の任務で暗部任務は終了だっていったってばよ?」
 にこにこと顔だけは笑いつつ火影へと迫るその姿は、遠目から見れば、微笑ましい祖父と孫との語らいのようにも見えた。
 が、しかし。
 迫られている当人にとっては切実に死活問題である。
「いや、しかしじゃな…」
 なんとか抵抗を試みようと必死の火影の言葉を無残にも遮り、ナルトは続ける。
「まさか、3代目火影ともあろう方が、言を違えるなどありえませんよね?」
「…………」
「しないよね?」
 言葉は疑問形だが、その含む意味は断定である。
「…うぅ…………っ」
 小首をかしげながら、ナルトはにっこりと笑った。
 それはとても爽やかな笑顔だった。
 春の日差しや夏の青空の似合いそうな晴れやかさだった。
 通りすがりに目にしたなら、その日いちにち、なんとなく気持ちよく過ごせるような、とても印象的なものだった。
 その背後に漂う怒りのオーラを除いたならば…。
「わ、わかった。 おぬしの特別上忍の任は今を以って終了する。
 追って上忍昇格の連絡をするから、それまでは里内で休んでおれ」
 火影はなんとか威厳を保とうと必死の形相で、それだけを言い終えた。
 すでに息も絶え絶えである。
 火影から言質を取った瞬間、ナルトは発していた怒気をあっさりと消した。
 入れ替わるように発せられたのは、語尾に音符の付いたような返答であった。
「じゃ、決定だってばよ。 あ、前言撤回なんてきかないから、憶えておいてってば」
 ほっと息を吐いた火影をしり目に、ナルトは用は済んだとばかりにさっさと背を向け、己が惨劇を起こした部屋を後にした。
 取り残されたのは、壊れた部屋と被害者火影。
 支えを失った梁から、火影の頭に絶え間なく木屑が落ちてくる。
 廊下から聞こえてくるナルトの鼻歌と軽い足音が去っていくのを、火影はぼんやりと聞いていた……。


「これで、上忍だってば」
 上機嫌でナルトは歩く。
「確かヒナタ、今日はオフだったってばよ」
 急に会いに行ったら驚くだろうか。
 そんなことを考えながら、ナルトは火影邸を出て行った。



 確実に進んでいる時間。
 着実に近づいてくる、未来。約束。

「オレってば、火影になるから。
 火影になって、里の人間全員に認させるから。
 だから、待ってて欲しいってば」

 絶対に皆に認められて、祝福されて、ふたりで幸せになろう。




END


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