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強 奪


 うちはサスケが木の葉隠れの里を抜けてから半年。
 木の葉伝説の三忍、自来也とともに修行に出ていたうずまきナルトが行方不明になった。
 五代目火影を筆頭に多くのの忍が捜索に出されたが、杳としてその行方が知れないままに数年の月日が過ぎた。


 そして今日、ヒナタは結婚する。
 相手は日向ネジ。
 木の葉の里では従兄妹同士などの親戚間での婚姻は誉められたことではないが、血継限界などの血縁能力を継ぐ一族では珍しくない行為である。
 なによりも、それは宗家当主であり父親でもあるヒアシの命令であり、ヒナタは拒否する権利を持たなかった。
 分家をこれ以上増やすことは一族を統率するうえでも好ましくないとの判断はヒナタにも理解できる事であったし、相手が気心の知れているネジであったこともヒナタが拒絶しなかった理由かもしれない。
 日向宗家の娘とはいえ、ヒナタは正式ではないにしろ廃嫡されている身であり、そのうえ分家に嫁ぐということこともあって、今日の式そのものは格式ばっているが、身内一族や旧家名家以外からもふたりの友人や恩師たちが招待されている。
 それはネジのヒナタに対する優しさの現われだろうと親しい者たちは誰しもが思った。
 数年前、ナルトが行方知れずとなってからずっと塞ぎ込んでいるヒナタに対する思いやりなのだろうと。



 忙しく行き来する人の気配を感じながら、式の準備を済ませたヒナタはひとりで部屋の中に座っていた。
 つい先程までは花嫁に着付けや化粧を施すために一族の女性たち数人が一緒にいたのだが、ヒナタの用が全て済んでしまうと、ヒナタは女性たちに退出を促した。
 ひとりになりたい。
 そう言ってヒナタが窓の外を眺めると、女性たちは何も言わずに部屋を後にした。
 ひとり残ったヒナタは、暖かな春の陽射しが窓から差し込む中ただ黙って生気のない人形のように座り続けていた。
「……ヒナタ、入ってもいい?」
 襖を隔てた廊下から声が届く。
「…サクラちゃん?」
 声に反応して、ヒナタの顔に表情が戻る。
「開いてるから…」
「うん、お邪魔するね」
 音も立てずに襖を開け、サクラはヒナタの前に立つ。
「久しぶり、だね、サクラちゃん。任務、おつかれさま」
 サクラに座るように促し、ヒナタは笑みを浮かべた。
「うん、久しぶり」
 笑顔のヒナタと対照的に、サクラの顔は暗かった。
「ねえ、ヒナタ。本当にいいの?」
「サクラちゃん?」
 怪訝そうに首を傾げるヒナタに、サクラは辛そうな顔になった。
「ヒナタ、まだナルトの事忘れてないじゃない。なのに結婚なんて…」
「ナルトくんはもういないの。だから、いいの」
「よくないよ、だって…」
 言い募ろうとするサクラを、ヒナタは首を横に振って止めた。
「ナルトくんじゃないなら、誰だって同じだよ」
「ヒナタ…」
 サクラは何も言えずに口を噤んだ。
「それにね、ネジ兄さんも、わかってくれてるの。だから、いいの」
 そう言って微笑むヒナタは、サクラの目には酷く儚く映った。



 日向分家次期当主の婚儀は恙無く進む。
 古いしきたりに則った儀式。
 式の中心となるネジとヒナタのふたりはだた形式に沿って問答を繰り返す。
 静寂に近い張り詰めた空気を破ったのは男の声だった。
「ヒナタ」
 声と同時に式場の中央に二つの影が現れる。
 短く刈り込んだ黒い髪の青年と、長い金の髪の青年。
 突然の事態に騒然となる場。
 それを無視して、金色の青年は花嫁に顔を向けた。
「ヒナタ、オレは遅かったか?」
 足音もなく滑るように進み、青年は花嫁であるヒナタの前で止まる。
 ヒナタは青年の顔を見て、驚きに目を見開いた。
「ナルト、くん…?」
 呆然とした態で青年の名をを呼んだ花嫁に周りの者たちが一斉に驚きの声を上げる中、ナルトと呼ばれた青年はヒナタに向かって手を伸ばした。
 場の全ての視線が花嫁と侵入者の青年に注がれる。
 一瞬後、ヒナタが青年の腕の中に飛び込んだ。
「ナルト…くん……、ナルトくん、ナルトくん!!」
 青年の胸に顔をうずめ、堪え切れなかったかのように嗚咽を漏らす。
 ナルトと呼ばれた青年は自分の腕の中にある花嫁を抱きしめた。
「遅くなってゴメン、ヒナタ」
 青年は優しく花嫁の背を撫でて、顔を上げた。
 視線の先にはヒナタと対の装束を身にまとった花婿のネジがいた。
「悪いな、ネジ」
 少年の頃の面影を残した顔で、ナルトがにやりと笑う。
 顕わになったその額当てには、音の印が刻み込まれていた。


 その場にいた者たちがナルトに意識を奪われている間にもうひとりの黒い髪の青年は、式場末席の近く、ヒナタやネジの同期の忍たちが座る一角まで移動していた。
「サクラ、お前も来い」
 青年はそこに座るサクラに向かってそう言って、手を差し出した。
「なっ、お前は!」
 いくら動揺していたとはいえ、上忍にすら気配を知られることなく近づいた青年を見て、カカシが驚愕の声を上げた。
 ナルト同様、音隠れの額当てをした青年は口の端を軽く吊り上げて笑う。
「久しぶりだな、サクラ」
 驚きに震える声で、サクラはその名前を呼んだ。
「…サスケくん」
 場内のざわめきが更に大きくなる。
 だが、サクラは差し出されたその手を取ることなく、首を横に振った。
「サスケくん、本当の事を教えて。どうして出て行ったの?」
 サクラはサスケを見つめ、問う。
「今、ここで聞きたいのか?」
「ここで聞かせて。みんなも知りたいはずだから」
 握り締めた手を胸元に引きとめ、精一杯の覚悟を決めてサクラは声を出す。
 たとえどんな事を言われても耐えられるようにと。
「わかった。お前がそう望むなら」
 そう言って、サスケは口火を切った。
「俺は力が欲しかった」
「知ってるわ。サスケ君がここを出て行く時にもそう言ったもの」
 探るようなサクラの言葉に、サスケは頷く。
「なあ、サクラ。俺がここを出て行く時、俺はナルトよりも弱かった。なぜだと思う?」
「何故って、そんな…。サスケ君はナルトよりも強かっ……」
「あの時、ナルトは確実に俺よりも強くなっていた。アカデミーを出た時には俺よりもお前よりもはるかに弱かったヤツが、だ」
 反論しようとするサクラを遮って断じるサスケに、周りの忍たちが息を呑む。
「俺たちと同じ任務をこなして、俺たちと同じように訓練していて、何故ナルトは強くなった? 俺にはわからなかった。ただ、俺に圧倒的に不足しているものなら想像がついた。実戦経験ってヤツだ」
「実戦…?」
 話の流れがわからず、サクラはオウム返しに聞き返す。
「ナルトは戦う闘うたびに強くなっていった。自分より強いヤツと戦うことでさらにその上を行く。特に中忍試験の第三次試とそれ以前じゃ格段に違っていた。それはキバ、ネジ。戦ったお前たちが一番分かってるだろう」
「ああ、アレは俺の予想をはるかに越えていた」
「確かに、アカデミーの時が冗談じゃないかってくらいだったけどよ」
 いきなり話を振られて、ネジとキバは戸惑ういながら答える。
「だからこそ、俺はそれを望んだ。だが、俺にはそれは許されなかった」
「どういうこと?」
「俺はうちはの直系にして最後の写輪眼の持ち主だからだ。俺の体に流れるうちはの血は何をしても守らなければならなかった。俺が子供を残すまではな。そのために俺には監視役がついた。それがカカシだ」
「……っ!?」
 当時を知っている者たちが息を飲み、幾人かがカカシを含む当時の上忍たちに視線を向ける。
「初めは俺に対するものじゃなかったみたいだったがな。どうせ、ナルトが暴走したら殺すためについてたんだろう」
 初耳の事柄に驚きを隠せない者、事情を知り苦々しく顔を顰める者、それぞれに反応する者たちに対してサスケは侮蔑の視線を投げかけた。
「だが、俺が写輪眼に目覚めたことで状況が変わった。上層部には俺の行動がイタチのヤツと同じに見えでもしたんだろうな」
「イタチに続いて最後のうちはが里を抜けたりしたら、里の面目丸つぶれだもんな」
 瞬身でサスケの横に現れたナルトがそう言って嘲笑う。
 サスケはナルトを一瞥して頷いた。
 腕に抱いた花嫁姿のヒナタの頭を優しく撫でながら、ナルトは続ける。 「サスケにはカカシが、オレには自来也が監視についた。特にサスケには修行と言う聞こえの良い言葉で誤魔化して監視役以外との接触を禁じ、ただひたすら意味のない訓練を積ませた」
「意味無いなんて酷いなー」
 茶化すようなカカシの言葉をサスケが鼻で笑い飛ばす。
「フンッ、あの行為に何の意味があった? いや、俺たちが力をつけないようにする、という意味ならあったんだろうがな」
 せせら笑うサスケ。
「だから俺たちはこの里に見切りをつけた。この里では望む力を手に入れるどころか、飼い殺しにされるのが目に見えていたからな。これでいいか、サクラ?」
 そう言ってサスケは言葉を切った。
 誰もが混乱し、声を出せずにいるのがサスケとナルトには手に取るようにわかった。
 忍の中でも上位に属する者たちのその姿に、ナルトとサスケは内心あきれ返る。
 静まりかえった場を再度切り裂くように、サスケがサクラに問い掛けた。
「あの時の言葉にまだ変わりが無いのなら、俺と一緒に来い、サクラ」
「私が行かないって言ったら、どうするの?」
「お前は来るさ。そうだろう?」
「サスケくん、変わってない」
 自信満々なサスケの言葉に、サクラは微笑んでその手を取った。
「なっ、サクラ!?」
 カカシが信じられないものを見る目でサクラを見た。
 その反応にナルトが嗤う。
「この里は弱すぎだ。上忍からしてそんな反応だし?」
「まったく、砂や音や暁に狙われて当たり前だな」
 淡々と語るふたりの声には明らかな嘲りが含まれていた。
「へえ、言ってくれるじゃない」
 カカシがクナイを手に挑発の声をあげる。
 サスケはそれに呆れ顔で苦笑し、ナルトが声を上げて笑った。
  「カカシセンセーってば、サスケを追ったあと戻ったオレが影分身だってのにすら気が付かなかったくせに、相変わらず態度と自尊心だけは無駄にでかいってば」
 少年と呼ばれる頃に使っていた独特の口調を使い、ナルトは過去に師であった男を嘲笑った。
「火影に依存しすぎたお前たちじゃ、今の俺たちには敵わない」
「相手の力量も測れないのは忍として恥以外の何者でもないってばよ?」
 その場にいる者たち全てに向かってそう言うと、ナルトとサスケは互いの腕に抱いた少女たちを連れて一瞬で姿を消した。
 後に残された者はそれぞれが彼らを追おうとして、己との力の差に愕然とした。
 気配はおろか、里中をくまなく探し回っても痕跡のひとつも発見できないのだ。
 里を覆う城壁にも結界にもなんの痕跡も無く、櫓に立つ歩哨たちも誰一人として当該人物を目にした者はおらず、ふたりを捕まえるどころか追う事すら出来なかった。



 それから更に数年後。
 木の葉隠れの里の忍たちの能力が他里からも目に見えて衰えた事により五里間の均衡が崩れ、多くの里と国を巻き込んで戦乱が起こった。
 世に言う第四次忍界大戦の幕開けである。
 その戦乱の中、最強と呼ばれる4人の忍が姿をあらわした。
 音隠れの額当てをした金色の髪の青年と黒い髪の青年、そしてそのふたりに寄り添うように付き従う漆黒の髪のくの一と薄紅色の髪のくの一。
 4人はこの後数百年、忍界最強の忍として語り継がれることとなる。




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