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イタズラとごちそう

 ハロウィン。
 それは遠い異国の宗教イベント。
 ハロウィン。
 それは死者とお化けとモンスターの夜。


 10月31日。
 一部のお祭り好きな人間には目一杯騒げる日。
 でも、木の葉隠れの里の大半の人間には特別でないただの日。
 そんな日だから当然暗部任務はあるわけで、今夜もナルトは暗部姿に身をやつして暗部所属忍者『冥』として任務をこなすべく急いで帰宅の途についていた。
 いつもなら『うずまきナルト』としての下忍任務の後はゆっくりと日暮れまで待ってから任務を遂行するのだが、今日はそうも言ってられなかった。
 明日も下忍任務があるというのに、時間のかかる国外での暗殺任務。
 しかも、重要性と機密性からSSランクの単独任務。
 今日は運の良いことに忍任務自体は体力を使うものでもなく、しかも午後3時終了という任務条件だったので、任務終了後すぐに自宅に戻り、暗部装束に着替えて火影の元を訪れ、依頼を受けるやいなや即任務に従事した。


 どうにか里に戻ることが出来たのは夜半過ぎのことだった。
 疲れた体を引きずって火影の元に報告書を提出したナルトは、一昨日より自宅の風呂が壊れてしまっていたことを思い出した。
「うぁ、どうすっかな…」
 とにかく体を洗いたい。
 血臭を付けたまま寝ては、誰か来た時に面倒だ。
 かといって風呂に入ろうにもこんな時間に開いている銭湯などない。
「仕方ねえ、川で済ますか」
 ちょっと悩んで、結論を出した。
 背に腹は変えられない。
 疲れていたが、だからこそ多少睡眠時間を削っても身奇麗にしたかった。
 ため息をひとつ、重い足を動かして、ナルトはひとり森へ向かった。


 他人に見られると厄介なので、場所は死の森。
 いくつかある川の源流に近いところに場所を決めて、泥と血の付いた衣類を脱ぎ捨てて冷たい水に入る。
 冷たい水では体についた泥と血を落せても、血臭までは洗い流せないので、来る途中で摘んだ匂い消しの効果のある花を使って血臭を誤魔化すことにする。
 鼻をつく甘い匂いが充満するが明日には消えているだろう。
 着替えを持っていないので服も洗って水遁の術と火遁の術で水を飛ばして乾燥させる。
 泥と汗と返り血を洗い流してさっぱりして、今度こそ眠るべく、ナルトは家へと戻った。


 そうしてやっと家の前に着いたナルト。
 目の前には自宅のある古いボロアパート。
 貸家とは名ばかりの、ナルト以外にはひとりの住民もいない建物。
 の、ハズである。
「なんで明かりが点いてんだよ」
 自室の窓から見える光に困惑する。
 今日は監視者が別に任務を負っているというので影分身ではなく簡単な幻術だけで済ませた。
 それがまずかったのかもしれない。
 ナルトを狙って火を放ったわけではないらしく、火災でないのは一目瞭然。
 そして、光の中には人影が見える。
 ナルト狙いなら明かりを消し、気配を消して潜むくらいはするだろうし、何より部屋からは殺気が漏れてくるはずだ。
 だが殺気は存在せずに、一応気配を抑制しているが完全に消してはいない。
「誰だ…?」
 こういう事をしそうな人間に心当たりはひとりしかいない。
 先日、同じように任務に出ている間に潜り込んでいた少女だ。
 しかし、今回人影は複数。
 そうなると心当たりは完全に無い。
 相手の狙いが分からないというのが不気味だが、ここでこうしていても埒があかない。
 ナルトは足音を殺し気配を消して、罠がないのを確認してから慎重にドアを開けた。


「Trick or Treat !!」

 明かりと声を認識した次の瞬間、声の主である少女が降ってきた。
「なっ…!」 
 咄嗟に少女を抱きとめて、ナルトは腕の中の少女をを見る。
「あぶねーだろうが、いの」
 自分の名を呼ばれた事が嬉しいのか、いのと呼ばれた少女は、んふふと笑って抱きつく腕に力を込めた。
 べったりとくっついて離れない少女のことはひとまず置いて。
 扉を閉めてアパート全体に幻術をかける。
「……どういうつもりだ?」
 部屋の奥に居座っている人間ふたりを睨みつける。
「なんでこんなとこにいんだよ」
 ナルトの部屋を占拠しているのは死んだはずのハヤテとミズキ。
 正確に言うと、死んだことになっている現在暗部専属のハヤテとミズキ。
「今夜はハロウィンなんですね」
ごほごほと咳き込んでハヤテ。
「そうらしいな。ガキどもがうるさかった」
 昼間、何故か懐かれている三代目の孫たちに随分と騒がれた記憶がよみがえる。
「で、それがどうしたんだよ」
「ハロウィンだから、出てきたんだよ」
 ミズキが柔らかく笑って答える。
「なんだよ、それ」
 全く話しが繋がらない。
 ナルトは呆れ顔で呟く。
「ハロウィンというのは万聖節の前夜祭のことでね、ハロウィンの夜は死者が現世に戻ってくるんだよ」
「だから、死者である私たちがいてもおかしくないんですね」
 笑って語るふたり。
「いや、おかしいだろ」
 死者が出るという言い伝えがあったとしても、それは遠い異国でのこと。
 木の葉隠れの里の者には全く関係ないではないか。
「ちなみに私は、魔女なのよー?」
 ハヤテとミズキに張り合って、ナルトを見上げていのが笑った。
 困惑するナルトをよそに、ミズキはいたって笑顔で話す。
「大丈夫だよ。火影様の許可はちゃんと取ってあるし」
 隣でハヤテが頷いた。
「折角ですから、お茶にしましょう」
 何が折角なのだろう。
 見るとふたりが占領しているテーブルの上にはお菓子とケーキとお茶の用意が整っている。
 暗部任務に出て行く前には雑然としたホコリまみれの室内が、今はキレイに掃除されていて。
 ダイニングのテーブルには椅子が4つに増えていて。
 窓辺には大きなオレンジのカボチャでできたランタンが置いてあって。
 いくつかある観葉植物の鉢にはデフォルメされた蝙蝠の絵が描いてあって。
 とにかく自分の部屋とは思えないくらい小奇麗な状態になっていた。
「さっさとお茶しましょー?」
 抱きついていた少女が腕に手を絡めてナルトを引っ張る。
「ちょうど湯も沸いたんですね」
 ハヤテが大きめのポットに薬缶の湯を注ぐ。
 暖かな湯気が室内を満たして、ナルトは冷えた体を自覚した。
「仕方ねーな」
 嬉しそうな少女と楽しそうな大人ふたり。
 ナルトは苦笑して、自らの変化の術を解くと、少女の誘導に任せた。


 死人と狐と少女が揃って楽しむ真夜中のお茶会。
 聖なる夜の前夜祭は、物の怪たちの祭りの夜。
 明け方までたっぷりと楽しんで。
 空が白み始めた頃にお開きになる。
 本当のお化けみたいな自分たちに、ナルトはちょっと可笑しくなった。
 確かに「折角」用意してもらったのだから、楽しまなければ損だろう。
 睡眠不足になるだろうが、これはもう仕方がない。
 そう開き直って、ナルトはいののお手製カボチャのクッキーをひとくち齧る。
「うまい」
 ほんのり甘いカボチャの味が、口の中に広がった。


 空が白く明かりはじめてお茶会がお開きになって、ミズキとハヤテが帰っていって。
 ナルトの家にはいのが残った。
 ふたりきりになって、いのが最初に口を開いた。
「それで、どこの女の所に行ってたのー?」
 そう言って、にーっこりと笑う少女。
 ただし、瞳が全然笑っていなかった。
「……は?」
 言われている事がわからず、ナルトは止まる。
「暗部任務だっていうから、私ずーっと待ってたのにー?」
 にこにこと笑顔のままの少女が怖い。
 ナルトは思わず身を退いた。
「ナルトは私よりも、その女を取ったんだー」
 後退するナルトと、追い詰めるいの。
「な、何の事だよ…」
 まったく身に覚えのない事に、焦るより恐れが募る。
「それとも色の任務だったとかー?」
 壁際に追い詰められて、ぺたりと背中が壁につく。
「だから、何を怒ってるんだよ」
「ふーん、この期に及んで白を切るんだー」
 じーっと見つめるいのの目には非難の色が滲んでいて。
 欠片も悪いことなどしていないはずなのに、ずきずきと心が痛む。
「こーんなにプンプン香水の匂いさせてー」
 いのがナルトの襟首に鼻を近づけて、くんくんと匂いをかぐ仕草をする。
「香水って、ちがっ、これはッ…!」
 ようやくいのの誤解の理由を理解した。
 血臭を消すために使った花の香りのことだ。
 ナルトは焦って訂正しようとして。
「なーんて、うっそー」
 固まった。
「最初に聞いたでしょー?」
 くすくすと笑ういの。
「イタズラされるのとお菓子渡すのと、どっちが良いかって」
 “Trick or Treat”
 “お菓子をくれなきゃいたずらするぞ”
 ハロウィンの決まり文句。
 いのは笑いながらナルトに抱きついて、至近距離からナルトを見つめる。
「ナルト、お菓子くれなかったもんねー?」
 だからイタズラしちゃったのー、と。
 無邪気に笑う少女の言葉に、やっとナルトの硬直が解けて。
「なんだよ、それ……」
 がくりとナルトはうなだれた。
 それでもいのが笑うならいいかと、考え直す。
「やっぱ、お前にはかなわねー」
 抱きつく少女を抱き返して、ナルトは笑って己の幸せをかみ締めた。


 朝日が昇るほんの少し前に、ふたりでベッドにねころんで。
 下忍の任務が始まるまでの少しの時間をぐっすり眠る。
 今はまだ、時間はハロウィンの夜の続き。
 11月の朝がきて、ふたりがそれぞれの任務に出向くまで。
 ふたりの時間が終わりを告げて。
 日常がまたはじまるまでは。



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