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深夜の逢瀬

 10月10日。
 木の葉隠れの里では慰霊祭が行なわれる。
 この日一日、里内の人間は喪に服して殉職者の冥福を祈る。
 里人であれば皆が参加の義務を負う、一大祭儀。
 けれど、どこにも例外は存在するもの。
 病人や怪我人、それに関わる医療忍、里の警護に当たるもの。
 そしてもうひとり。
 この日を望まれない者。
 その名を、うずまきナルト。
 木の葉隠れの里に生まれた、望まれぬ者。



 暗部に所属するようになってからナルトは慰霊祭の前後数日を里外任務を負うようになった。
 下忍の任務は、この数日に限り慰霊祭の準備に参加することであり、名家や旧家と呼ばれる家系の者や他に役職に在る者の関係者などはそれぞれの場所で各自の調整を行なうために下忍としての任務を放棄する事が許された。
 ナルトは表向き三代目の関係者として下忍任務を放棄し、影分身をつくって前後の数日は火影邸に、当日は自宅に引きこもらせて極力他者との接触を避ける。
 慰霊祭を挟んで前後数日は里人の感情の波が激しくなるが、逆に人前に姿を出さなければ存在そのものを忘れさられるのだ。
 自宅のアパートは三代目火影名義であり、張られている火影特製の結界はその数日間は特に強固なものになるため、建物の中に居ればさらに安全性が増す。
 監視者たちもこの数日だけは任務を免除されて慰霊祭へと借り出され、ナルトを監視することはない。
 つまり、ナルトが本体であろうと影分身であろうと、人目につかなければ何の危険性もない状態が出来上がるのだ。
 同時に、里人がナルトを忘れるということはナルトにとってもこの数日は監視者や里人の視線から完全に解放される数少ない休息の時間でもあった。
 例えそれが生命の危険を伴うSランク任務であったとしても。



 約束をした。
「絶対、絶対、約束よ? 破ったら承知しないわよー?」
 彼女はにっこりと笑顔で凄んで言葉を紡いだ。
 子供のように、指きりまでした。
 女の子らしいキレイに手入れされた細い指が、少年の汚れた指を絡めて縦に揺れる。
 彼女の震える肩がやけに細く見えた。


 そのことを思い出したのが、ついさっき。
 ちなみに、約束したのはこの任務に就く直前の3日前の10月6日早朝。
 ついでに言うと、今日は約束の日。
 あと数刻で約束の時間。
 まだ、任務は終了していない。
「……まずい」
 本当にマズイ。
 真剣にヤバイ。
 ここから里までは1刻弱。
 敵の数は残り20。
 中忍クラスの烏合の衆とはいえ、抜け忍だけあってかなりやる。
 任務は殲滅と巻物の奪還。
 まだ組織とも呼べない集団だったことが幸いして、単独任務でも十分な余裕があったはずだったのだが。
「はぁ、どこで間違ったんだ…?」
 独り言を呟いて、オレは暗部忍者冥としてターゲットの本拠地を木の上に身を隠したまま見つめる。
 一気に攻めるには敵の人数が多すぎて取りこぼしが出そうだったから、外に出ていたのを先に潰した。
 殲滅したのは3グループ。
 もちろん跡など残していない。
 しかし、偵察や襲撃に赴いた者たちがことごとく未帰還になれば、警戒するのは当たり前。
 そろそろ潮時だった。


 周囲の罠や抜け道を全て潰してから突入。
 同時に周囲に張り巡らせていたトラップを発動して辺り一帯を包む強固な結界を張る。
 奇襲に反応できなかった外にいた者たちをクナイで急所を一撃。
 残り14。

 屋内では飛び道具は不利になるので起爆札を付けたクナイを壁に投げて混乱を増幅させ、極力外に誘い出して忍刀で切る。
 残り8。

   気配と殺気とトラップに気を配りながら侵入。
 すぐに涌いて出る男たちを瞬殺。
 残り4。

 残っているのは首謀者とその側近なのか、気配が読みにくい。
 だが、混乱と怒りから完璧とは程遠い状態であるのは間違いなかった。
 慎重に、探る。
「見つけた」
 乾いた唇を舐めて、クナイを握り直す。
 残りは全部1ヶ所に集まっている。
 印を組んで、ドアと反対側の壁を爆破。
 開いた穴に飛び込み、手っ取り早く目の前にいた男の首を掻き切る。
 次いでふたつの首めがけてクナイを飛ばす。
 ひとり即死、ひとりは外れて頸部を削って重症。後ろに回って胸部を貫く。
 オレはのこりのひとりへ飛ぶ。
 印を組もうとしていた腕を手刀で叩き砕き、頭部を蹴り上げる。
 顎が砕けて足先が頭蓋骨にめり込む。
 ターゲット殲滅。

 奪われた巻物を全て収拾し、特殊な薬剤を含んだ火薬を撒いて火遁で火をつける。
 抜け忍たちの死体も残さずに焼き消す。
 証拠隠滅。
 全てを終えて、オレは里に戻った。


 里に着いた時点で約束の時間まで四半刻を切っていた。
 報告書を書いている余裕はない。
 火影の元まで全力で駆ける。
 血まみれだか身づくろいをしている時間も無いので仕方がない。
 火影に奪還した巻物を渡し、依頼を済ませた旨と報告書の後日提出を告げる。
 引き止めようとする火影を無視して、オレは窓から飛び出した。
「ヤバイっ!」
 約束の刻限まで5分を切っている。
 必死で屋根の上を駆け抜ける。
 自宅であるボロアパートが見えてきた。
 次第に近づく建物の自室のドアの前に米粒のように見える人影。
 時計を見る。
 刻限まであと30秒。
「くそっ」
 任務で疲れた体を無理に動かして、更にスピードを上げる。
 あと20秒。
 スピードを落とさずに木々をすり抜ける。
 10秒。
 最後の木の枝を力を入れて踏み越える。
 5秒。
 階段前に着地、その反動でジャンプ。
 2階へと跳びあがる。
 0秒。
 人影の正面に着地した瞬間、時計の長針が音を立てた気がした。


 目の前には、約束を交わした少女。
 ぜいぜいとみっともなく息を切らしているオレを、彼女は笑顔で迎えてくれた。

「Happy Birthday!!」

 真夜中の0時。
 いのはオレにそう言った。


 部屋の中、風呂から上がったオレは少し落ち着かない気分だった。
 いのをこの部屋に入れるのは初めてではない。
 何度か招いたこともあるし、一度は侵入されたこともあった。
 だが、こんな時間にふたりになることはなかったから。
「なあ、いいのか?」
 変化を解いたオレの横に座るいのに声をかける。
「なにが?」
 彼女の手にはホットココア。
 淹れたての温かな湯気が甘い香りを運んでくる。
「こんな時間に出てきてだ。明日は慰霊祭だろーが」
 オレの手にもホットココア。
 こっちは彼女と違って砂糖抜き。
「いーのよ。パパにもママにも火影様にも許可貰ったもの」
 フゥと息を吹きかけて、いのはココアに口をつける。
「許可ってなんのだよ。まさか、泊まるとか言うんじゃ…」
「外泊に火影様の許可なんているのー?」
 いのは小さく首をかしげた。
「…いらねーな」
 里外任務での宿泊でもない限り、いのの外泊に火影が許可を出すような事態は起こらない。
 そして、いくらオレが三代目火影の被保護者であってもそこまでは管理されていない。
 というより、忙しい三代目にそこまでさせるつもりもない。
「そうよねー、びっくりしたー」
 くすくすと笑ういの。
「火影様に許可を貰わないとダメなことって、何だよ」
「んー、知りたい?」
 オレはカップに口をつけて、甘くないココアを飲む。
「知りたい。気になるからな」
 いのは両手でマグカップを包むように持ち、また一口すする。
「お休み、もらったの」
 笑いながら、いのはオレの肩に頭をあずけてきた。
「休みィ!? まさか慰霊祭をボイコットするつもりか?」
「違うわよー。火影様公認のお休み」
 頬を膨らまして抗議する彼女に、信じられないものを見た気がした。
「いの、お前何考えてんだよ」
 オレの言葉をどう取ったのか、いのの頬は更に膨れる。
「なによー。許可が出てるんだからいいの!」
 むきになって膨れるいの。
「確かに許可が出たんなら、オレがどうこう言う事じゃないけどな」
 溜息が漏れた。
 いのが何故自分から異端になろうをするのか分からない。
 隠れ里という性質以上にこの里は異端を嫌うというのに。
「だから、明日はふたりで過ごす。これ決定だからねー?」
「何をどうしたら、だからになるんだよ」
 オレの今日2回目の溜息。
「聞いてなかったのー?」
 むぅとしぼんでいたいのの頬がまた膨れる。
「だから、休みを貰ったのよ。私たちふたりの」
 私たちって、つまり。
「オレたち?」
 さも当然といわんばかりのいのの言葉に、オレは止まる。
「当たり前じゃない。わざわざナルトのところに来て全く関係ない人間の休みの話なんてするほど暇じゃないわよー?」
 それはそうなんだが。
「……聞いてないぞ」
 火影の元で依頼を受けたときには何も言っていなかった。
 今日、戻ってきて報告に行った時には…。
「あー……」
 何か言いたそうだったような気がしなくもない。
 いのとの約束の時間が迫っていたので無視したような気がする。
「まあ、いっか」
 終ってしまったことだ。
「なによー、何ひとりで納得してるのよー?」
「あー、うん。ふたりで休んで、何するんだ?」
 これ以上引きずると完全に彼女がすねてしまいそうだったので、急いで話題転換を試みる。
「なにって、もちろんナルトの誕生日じゃなーい」
「……」
 なにをしてもちろんと言うのだろうか。
「だから、ふたりっきりでお祝いするのー」
 ふふふと嬉しそうに笑ういの。
 オレはその笑顔を見て、なんだかそれで良いような気がしてきた。
「いのがそうしたいなら、そうしよう」
 オレは少しぬくるなったココアをまた一口飲んだ。



「あ、そうだ。お帰りなさい、ナルト」
「いまごろなんだよ」
「言い忘れてたから今いったの。ナルト、返事はー?」
「ただいま、いの」



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