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忘れられた存在 (下)

 翌日、いのは再びナルトを訪ねてきた。
「ナルトー、この部屋って花瓶ないのー?」
 病室に入るなり、いのはナルトに挨拶もせずに家捜しを始め、一通り探しても目的の物が見つからなかったらしく、ナルトに声をかけた。
「知らないってばよ」
 いのの行動に呆れたのか、力なく呟くナルト。
「そっかー。じゃあ貰いに行ってくるわねー」
 ひとり納得して、いのは入ってきた時と同様唐突に出て行った。
「……なんなんだってばよ…」
 いのの去った部屋の中でナルトがひとり呟いた。


 しばらくして戻ってきたいのは腕の中に小ぶりの花瓶とそれに活けられた花を持っていた。
「ホントにこの階って誰もいないのねー」
 花瓶をベッドから見えるように脇の棚の上に置いて、いのは唸った。
「花瓶ひとつ探すのに下の階までいっちゃったわー」
 何が楽しいのか、笑いながら花瓶に活けた花の向きをいじっている。
「それ、なんだってば?」
「何って、花以外のなんだって言う……、ちょっとナルト。アンタまさかこれの名前が分からないくらい酷いの!?」
 慌ててベッドに駆け寄るいのに、ナルトは驚いて訂正する。
「違う! それくらいは分かるってば!!」
 その言葉にいのは足を止める。
「なんだ。もう、ビックリさせないでよー」
 いのはマイペースにベッドの横に畳んであったパイプ椅子を引き寄せる。
「これ、使うわよー?」
「どうぞだってばよ」
 ナルトの了承を待っていのはパイプ椅子を広げ、ベッドに起き上がったナルトと向かい合うように座った。
「で、なにが分かんないって?」
「何で花なんか持ってきたんだってば?」
 全くわからないと首をかしげるナルトに、いのは止まる。
「……花なんか、ですってー?」
「え、えーと、いの…?」
 急に怒り出したいのにナルトは戸惑う。
「うちの店の花を『なんか』ですってー?」
「え、ええ? うちの店?」
 戸惑うナルトにいのが迫る。
「そーよ、うちの店の花よ! うちの両親と私が丹精こめて育てた花よ! アンタに『なんか』なんていわれていい花じゃないのよ!!」
 ナルトの胸倉を掴まんばかりの勢いで迫り、顔を近づけて怒鳴るいの。
 動揺するナルト。
「そ、そうじゃないってば!!」
 必死なナルトの形相に一旦手を放し、椅子に座り直すいの。
「じゃあ、なんだってのよー?」
 うちの花を侮辱するなら許さないわよー、と睨みをきかせて先を促すいの。
 睨まれたナルトは地雷を踏んだ気分だった。
「だから、何でいのはわざわざ花を持って来たんだってば。昨日も来たのに。だいたい、見舞いってのは1回だけのもんだろ?」
 ナルトの質問にいのは心底心配だと顔に書いた。
「昨日言ったじゃない、また来るって。アンタやっぱり……」
 医者を呼ぼうとするいのを必死に止めるナルトにを、いのは説得という名の抵抗をする。
「昨日の記憶まで曖昧になるなんて、やっぱり危ないわよー? しっかり診てもらいなさいよー」
「だから、違うんだってば!」
 ナルトも負けじと声を張り上げる。
 そんな押し問答を続けるふたりを止めるように、病室のドアを叩く音が聞こえた。
「誰だってば?」
 ナルトが誰何の声をあげる。
「オレだ、シカマルだ」
 ドア越しの少しくぐもった声が聞こえた。
「開いてるわよー」
 いのが代わりに答えるとドアが開き、シカマルとチョウジが入ってきた。
「ナルト、お見舞いもってきたよ」
 そう言ってチョウジが果物籠をナルトに手渡す。
「何か剥こうか? どれでもいいよ?」
 親切心なのか、嬉々として包装を解いて中の果物の説明をはじめるチョウジ。
「とか何とか言って、単にアンタが食べたいだけでしょー?」
 横からいのがからかい半分口を出す。
 もとより、見舞い用の果物籠の中身はナルト一人で食べ切れるような量ではなく、そのうえチョウジが手にしているのは大きなマスクメロンである。
 初めから病室で一緒に食べるために用意したのがまるわかりであった。 「みんなで食べた方が美味しいんだよ? でも、いのはいらないんだね?」
 いつもはにこにこと笑って言われるまま大人しいチョウジが、珍しく反撃に出た。
「チョウジが食べるなら、私も食べるわよー?」
 当然じゃない、と怒るいの。
 食べ物が絡むと途端に狭量になるのがチョウジの欠点であり、可愛いところでもあるのだが、いかんせん甘い物好きないのもそこは譲れなかったらしい。
 珍しく引かないチョウジと勝気で押せ押せがモットーのいのが、ナルトのベッドの横で火花を散らす。
 それまで仲良く喋っていたふたりが急に睨み合いをはじめ、ふたりの間に半ば挟まれるような形になったナルトがおろおろと二人を見て、止められないと悟るや、助けを求めてシカマルを見た。
「お前ら、いーかげん、やめーっ」
 ドアの前で頭を抱えたシカマルが制止した。
「ふたりとも、ここが病院だって覚えてるか?」
 シカマルは溜息を吐いて、確かめるようにいのとチョウジを見る。
 その問いに、ふたりは無言で頷く。
「んじゃ、ナルトが怪我人だってのも分かってるよな?」
 そこはかとなく漂うシカマルの怒りのチャクラに、ふたりしてこくこくと頭を縦に振る。
「だったら、怪我人のいる病室で大声出してケンカしてもいいって思ってるのか?」
 はっきりと怒ってますと顔に書いてそう訊ねるシカマルに、ふたりは勢いよく首を横に振った。
「そうか、だったら分かるよな?」
 その言葉に、いのとチョウジがばっとナルトを振り返った。
「ゴメン!」
「ごめんね」
 そう言って頭を下げたふたりに、ナルトはまた困惑する。
「許してやれよ。悪気があったわけじゃねーし」
「う、うん。ふたりとも、気にしなくてもいいってば」
 ナルトの言葉にほっと息を吐いたふたりだった。


 その後、ナルトの家から入院中の着替えを持って来たイルカと書類業務を置いて抜け出してきた三代目が加わり、いのやシカマルから入院したことを聞いた8班のメンバーも訪れて、静かだったナルトの病室からは毎日笑い声が聞こえるようになった。
 そして事故から3週間が経ち、久しぶりに7班に任務が回ってきた。
 うちはサスケのリハビリも兼ねた任務で10班との合同任務だとナルトに告げたのは、その後幾度となく見舞いに来て、退院後もそれとなく家に顔を出してくれている10班の3人とイルカだった。
 結局、7班メンバーは入院中も退院後も、一度たりともナルトの見舞いに来ることは無く、一度ナルトが見舞いに行こうとした時には室内に入ることを拒絶され、再度ナルトが見舞いに行っ時には既に退院していた。
 それ故にナルトの心から7班の存在は忘れ去られてしまった。
 記憶の無いナルトは一度も見た事も会った事もない、話に聞くだけの人間を仲間として認識できなかったのである。



 合同任務の後、ナルトを引きとめようとする7班メンバーを無視して、ナルトは10班のメンバーと帰宅した。
「で、結局記憶戻らないままなのかよ」
 シカマルが問う。
「うーん、そうみたいだってば」
 なんの感慨もなく答えるナルトに、シカマルは溜息を吐く。
 同じ班員を見れば何か触発されるものがあるだろうと期待していたのだが、どうやら空振りに終ったらしい。
 7班員と接触した時も、名前を呼ばれた時も、ナルトにはなんの変化もなかった。
「それでいいのー?」
 心配そうないのに、ナルトは苦笑する。
「だって、どうしようもないってばよ?」
 本当に自分の力ではどうしようもない事なのだ。
「でも、寂しくない?」
「今はシカマルもチョウジもいのも、三代目のじーちゃんもイルカ先生もいるから、全然寂しくないってばよ!」
 病院で目が覚めてすぐは頭真っ白だったけどな。
 そういってニシシと笑う姿は記憶を無くす以前の姿と同じで、3人は内心ほっとした。
 記憶を無くしてしまったナルトは、自分たちの知っているナルトと違うかもしれないと、そう思っていた自分たちを少し恥ずかしく思う。
 記憶を無くしてもどうなっても、ナルトはナルトなのだ。
 シカマルといのとチョウジは、それぞれがそう自分の中で確信した。
「諦めたんじゃないってばよ? イルカせんせーのことも、じーちゃんのことも、シカマルもチョウジもいのも、キバもシノもヒナタも、オレはみんなのこと思い出したいってば」
 そう一息に言って、ナルトは足を止めた。
「でも、焦らなくてもいいかなって。オレが忘れてても、皆は覚えててくれるなら、無くならないはずだから」
 空を見上げて呟いた声は小さかったけれど、力強かった。
「みんな、オレが思い出すまで待っててくれるって言ったってばよ?」
 笑いを含んだ声で確認するナルト。
 その言葉は、ナルトが退院する際に3人がナルトに言った言葉だった。
「ああ、そうだな」
「あたりまえじゃない」
「ボクたち、友達だよ」
 3人はそれぞれの言葉で応え、ナルトに笑いかけた。



 失ってしまった記憶はまだ戻らないけど、一生戻らないとは限らない。
 だとすれば、見つからない過去ばかりを探して、これから手に入れられるかもしれないものを逃がすつもりはなどは無い。
 過去の記憶がないのは不安だけれども、ちゃんと自分はここにいて、自分のことを憶えていてくれる仲間がいる。
 何もないわけじゃない。
 全てを失ったわけでもない。
 希望はいつだって己の中にあるのだから。



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