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また今度

 夜半、堅牢な木の葉隠れの里の城門を抜けてふたつの影が里内に入った。
 どちらも木の葉の暗部装束に身を包んでいる。
 ひとりは10代半ばの少年『冥』。
 もうひとりは20歳前後の青年『月英』。
 ふたりは隙のない動きで微かな音も立てずに跳び進んでいく。
 かなりのスピードを出しているが、ふたりの通り過ぎた後には少しの風も起きることはない。
 隠密、潜伏、そして暗殺を主とする任務をこなす者特有の身のこなしだった。



 それは里外任務を終え、里外れの森近くを通った時だった。
 ごく微かな女の悲鳴が耳に届いた。
「ゴホッ……近いんですね………」
 月英が足を止めて呟いた。
 確かにその声はオレにも聞こえた。
 だが、オレは厄介事に関わるつもりはなかった。
 『冥』は他人に興味を持たない。
 極力他人との接触は避けるべきだから。
 『冥』は自分から表に出ない。
 他人に興味をもたれては厄介だ。
 『冥』という役を壊す気もない。
 折角周囲にそういう人間だと覚えさせたのだ。
 面倒事は願い下げだった。
 しかし、何も応えず無視してそのまま通り過ぎようとすると、月英に止められた。
「いけないんですね。この声からしてまだ子供のようです」
「……そのようだな」
 確かに悲鳴は女で、子供特有の高音でもあった。
「ここでは状況が分からないんですね、行きましょう」
 言うが早いか、月英は走り出す。
 面倒なことになった。
 そう思ったが、報告はふたりでと三代目に念を押されている手前、ヤツを放って一人戻る訳にもいかない。
 オレは舌打ちして後を追った。


 里外れの西の森、その森と演習場との境で月英に追いつくと、オレは気配を消したまま月英の背後の木の上に身を落ち着けた。
 月英の正面には男が三人いた。
 そして、向かって右の男に拘束されている8歳くらいの少女がひとり。  多分その少女があの悲鳴の主なのだろう、男の手で口を覆われてもがいている。
 男たちは全員、中忍の忍服を着ていた。
「その子を放しなさい」
 男たちの正面に立った月英が低い声で言う。
 脅しのためか、気配は消しているのに殺気の方は殺していなかった。
「…なんなんだ、お前は!」
 中央の男が声を張り上げる。
 大声を出して相手を威嚇するなど一般人の、しかも三流の雑魚のやることだ。
 しかも、震える上ずった声で言っていては自分から怯えていますと宣言しているだけである。
 その上、面を付けて上腕部に刺青、止めに肩を出して刺青を強調する暗部服というどう見ても典型的な暗部の格好の相手に対して、そんな反応までする。
 こいつらは本当に中忍なのだろうか。
 男たちはそれぞれが額当てを身につけている。
 闇に慣れた身には夜目にもその額当ての木の葉の紋がはっきりと見えた。
 この里の忍はそこまで質が落ちているのかと思うと、少し笑えた。
「もう一度言います。その子を放しなさい」
 言葉とともに月英の発する殺気が強くなる。
 それにおされて、男たちが数歩後退する。
 この程度殺気で怯むような雑魚なら月英ひとりで十分だ。
 そう判断して、オレは傍観を決めこんだ。


 冥でいる間は面倒事は避ける。
 それは自分を、そして自分の力を隠して生きるための最も単純で簡単な方法。
 暗部の『冥』は自分の力を隠すために作り出した存在。
 だから、冥は『冥』であって『ナルト』と同じであってはならない。
 この二者をつなげる糸を見せてはならない。
 冥がナルトである可能性を窺わせてはいけない。
 そのために『冥』は形も行動もことごとく『ナルト』と違うものにした。
 何故なら、ナルトはドベでなくてはならないから。
 ドベで無力で忍らしくない子供なら、憎まれても積極的に排斥されるまではいかない。
 だが、力を持つことが発覚すれば、拒絶され全力を持って排斥される。  例えそれが九尾ではなく、オレ自身の力だとしても。
 恐怖は人を容易く混乱に落としいれ、結果として暴動を生む。
 力なき者でも集まれば抑えがたく、不用意に血を流せばその恐怖は火影の力をしても抑えられなくなる。
 そこに常人に有りえざる能力を持つ忍が加われば尚のこと、この里など容易に崩壊する。
 そんなことは回避しなければならなかった。
 こんな里の未来などどうでも良かったが、今の自分には里の加護なく独りで生き抜く能力が圧倒的に足りない。
 その力を手に入れるまでは、まだこの里は必要だった。
 そのための『冥』。
 そのための『ナルト』。
 使い分けてしまえば、上手くバランスが取れた。


   しばらくの間、目の前の4人、否、人質をいれて5人は硬直状態を保っていた。
 人質を傷付けたくないらしく、月英はいつもより更に慎重になっていて。
 中忍の方はまさか暗部がくるとは思っていなかったのだろう、暗部の姿に動揺して、動きが取れないでいる。
 だが、右の男は緊張のあまり人質を拘束する腕が次第にこわばって、人質の首を絞めはじめていた。
 放っておけば、人質の少女は窒息するか頚骨を骨折して絶命することは簡単に予測できた。
 どうするか。
 一番簡単なのは人質を含めて四人とも殺すことだが、人質の少女を殺すことは月英が邪魔するだろう。
 なんといっても、月英はその少女を助けるために動いているのだし。
 月英とはこれまで何度も組んだ経験上、険悪な状態になるのはオレにとって好ましくないので、これは不可。
 とすると、後ろから三人を同時に殺るか。
 いいかげん飽きてきたし、面倒事はさっさと片付けるに限る。
 オレは気配を消したまま中忍どもの後ろに回った。
 ホルスターのクナイに手を伸ばして掴み、投げる。
 結構至近距離から力いっぱい投げれば、クナイが三人中二人の首を貫通した。
 当然、そのふたりは絶命。
 ちょっとしたストレス解消にもならなかったな。
 貫通しなかったヤツは頚骨の隙間に刺さるように手加減した。
 刺した場所は全身の神経系統の停止を司るツボのひとつで、痛みが倍増するツボでもある。
 もっとも、手加減したとは言え軽傷どころか瀕死に近いのだが、喋られれば良いのだ。
 手加減した理由はひとつ。
 理由を聞くため。
 その間だけ生きていればいい。
 その程度の力加減。
 そいつは崩れ落ちるようにして倒れた。
 衝撃と激痛と混乱で声も出ないのだろうが、唯一生き残った男を念のため背後から踏みつけて、月英を見る。
 月英は目標の男の首にクナイが貫通した瞬間には少女を取り戻していた。
 それを確認してから一言、非難を込めて呟く。
「遅い」
 この程度の雑魚にどれだけかかっているのかと、その一言に込めた。
「ごほっ…すみません…」
 謝りながら、月英はあやすように少女の頭を撫でる。
 月英の腕の中で、少女はただ震えていた。
「先に行け」
 月英が頷いて姿を消したのを確認してから、薬瓶を取り出して屍に振りかける。
 ひとり残した生き残りを肩に担いで、火を放つ。
 墨屑すら残さずに燃え尽きたことを確認してから、月英を追って火影の 元へ行くために歩き出した。


 火影の執務室を前にして、冥は足を止めた。
 扉の向こう、三代目火影の居る執務室にいくつかの気配を感じる。
 記憶にある気配、ない気配。
 その中に火影と月英、先程の少女のものを確認してから扉をノックする。
 火影の声で応えが返り、冥は扉を開けた。
「失礼いたします」
 扉を開ける音も、閉める音も、歩く音も出さず、冥は火影の前に進み出る。
 肩には身動きの取れない男を担いだままだ。
「任務終了の報告に参りました」
 火影の後ろには3人の暗部。
 正面には月英と彼に抱かれた少女。
 冥は一歩進んで火影の前に傅き、慇懃に言葉を紡ぐ。
「こちらが依頼の品でございます」
 懐から包みを取り出して、脇に控えた暗部が数歩前に出たのを確認してからその暗部に渡す。
「詳細は報告書にて後日」
 頭を垂れたまま、一言。
「ご苦労じゃった」
 火影の形式的な労いを受けて、先程の暗部と反対側に控えた暗部が歩み寄る。
 冥はその忍に担いでいた男を渡し、一言二言言葉を交わす。
 暗部はそれに頷いて火影を窺い、火影が頷くと瞬身で消えた。
「すまなんだな」
 火影の言葉を、冥は黙って聞く。
「あやつらの企みは以前から察知してはおったんじゃが、まさかこんなに早く動くとは…」
 苦々しく火影。
「未然に防げたのです…ごほっ…、今回はこれで良しとしてはどうでしょう。この通り、彼女も無傷ですし」
 冥は暗部に慰められる三代目火影から目をそらして、少女を見る。
 服にも髪にも泥と血がこびりついているが、怪我はなさそうだ。
 今は月英に抱かれてはいず、震えることなくひとりで立っている。
 先程までの怯えた様子は見られなかった。


 月英と少女を残して火影の執務室を辞して廊下に出ると、かなりのスピードで気配がひとつ近づいてきた。
  「いのちゃん!!」
 男の声が夜中の廊下に響く。
 声のしたほうを見ると、忍服に身を包んだ男が駆けてくる。
「いのちゃん、いのちゃんはっ!?」
 爆走してきたのは30前後の男。
 気配はすれど、足音は皆無。
 動きや身のこなしからして上忍クラスだろう。
「君、うちのいのちゃんは無事なのかい?」
 執務室の前にいるオレを見て、男は詰め寄ってきた。
 よほど切羽詰っているのか。
 それとも単に豪胆なだけか。
 暗部姿で面も外していない人間に怯むどころか掴みかからんばかりの勢いだ。
「……」
 内心溜息を吐いて、男を観察する。
 髪の色、肌の色が先程の少女と酷似している。
 関係者かもしれない。
 そうでないかもしれない。
 が、その判断はオレが下すようなものじゃない。
 執務室には月英を含めて暗部がふたりいる。
 通したところで問題にはならないだろう。
 もしこの男が危険人物なら、中からはなんらかの反応があるはずだ。
 一拍おいてそう判断し、オレは再度執務室の扉をノックした。
 今度の応えは月英の声だった。


 扉を開いたオレの横をすり抜けて男が入る。
 止める間もなく、男が声を張り上げる。
「いのちゃん!!」
 そのまま猪のごとき勢いで走りこむ男。
 どう見ても目標は月英の横にたたずむ少女。
 月英が制止しないので、オレも動かずに静観する。
「いのちゃん、無事だったんだねー」
 小さな少女を抱きしめ、むせび泣く男。
 少女の方も男にすがり付いて泣いている。
 居心地が悪くなったオレは火影を見た。
 火影はオレの視線に気づき、ひとつ頷く。
 退出の許可だ。
 オレは一礼して、扉に手をかけた。
「まって!」
 制止の声がかかった。
 甲高い、少女の声。
 オレは驚きに一瞬止まる。
 その声がオレに向かっていたように聞こえたから。
 だが、そんなはずはない。
 あの少女に止められる理由などない。
 オレは何事も無かったように扉を開けた。
「まって!」
 再び声が届いた。
 今度は子供特有の軽い足音と一緒に子供の気配が近づいてくる。
 振り返ると案の定、そこには少女がいた。
 少女の視線は真っ直ぐにオレに向かっている。
「何か?」
 制止の理由、視線の理由。
 何故止めた?
 どうしてそんな目で見る?
「名前、おしえて」
 オレは面の下で眉をひそめる。
「何故です?」
 名前を知ってどうするというのだ。
「助けてくれた人の名前、知りたいの!」
 小さな手でスカートを握って叫ぶように応える少女。
「貴方を助けたのは月英です。私ではない」
 そんなことを理由にする事が信じられない。
「わたしを助けてくれたのは、ふたりだもの」
 真剣な、どちらかというと睨みつけているというと言う方が似合う少女の表情。
 真摯な眼差しが、居心地悪い。
「知って、どうするのです?」
 視線を外したい。
 そう思った。
「名前は呼ぶためのものでしょう?」
 外したいのに外せない。
「ならば、貴方が知る必要はない」
 動揺している自分を認識する。
「どうして!」
 こんな視線は知らない。
「二度と会わないからです」
 必死に見上げる少女に怯える。
 こんな自分は知らない。
「そんなこと、ない!」
 強い言葉。
 何故そんな事が言える。
「……では、次に会う事があればその時に教えましょう」
 逃げたい。
 その一心だった。
「え?」
 妥協したオレの言葉が信じられなかったのか、少女の言葉が止まった。
「それでは、失礼いたします」
 その隙に視線を外して背を向け、オレは逃げるように執務室を出た。
「絶対、だからね! 今度あったら絶対だからね!!」
 扉が閉まる直前、背中越しに少女の声が聞こえた。



 逃げた。
 怯えて、恐怖して。
 何かに追われるようにして逃げ帰った家。
 ドアを閉めて座り込んだ。
 怖い。
 震えが止まらない。
 これまでも恐怖したことも怖れたこともいくらでもあった。
 暗部に入って、慣れたと思っていた。
 なのに、怖い。
 動悸が収まらない。

 少女の瞳が。
 少女の声が。
 少女の言葉が。
 少女の存在が。

 逃げられないと思った。
 囚われると思った。
 それが怖かった。

 初めての感情。
 それが、怖かった。




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