ありえねぇ |
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月英が任務帰りに少女を助けてからしばらくが経っていた。 昼間はアカデミーに通い、夜は暗部の任務をこなす。 以前とまるで変わらない毎日。 オレはあの日以来、あの少女には会っていない。 あの事があって数日、オレは火影に呼ばれて執務室を訪れていた。 今日の姿は以前とは違うもの。 20代半ばの男の姿である。 「報告書です」 手元の紙の束を火影に渡す。 火影は何も言わずにそれを手にとり、目を通して頷いた。 今、執務室はオレと火影のふたりきりというわけではなく、あの夜と同じように月英ともうひとり、あの時火影に付いて最後まで残った楓吏と呼ばれる暗部がいた。 もっとも、場の雰囲気は全く異なっている。 オレを含めた3人は火影に傅くこともなく正面に立ち、書類も直接手渡し、口調も決して堅苦しいものではない。 だからといって、冥の火影に対する態度は変えないが。 「ご苦労じゃったな」 火影の労いの言葉は昨日のものとは違って、心からのものであった。 「いえ、これも任務ですから」 一礼して、火影の前から退く。 「3人とも、これで請け負った任務は全て完了したのじゃな?」 オレが月英と楓吏のいる場所まで下がるのを待って、火影が切り出した。 「御意」 楓吏が3人を代表して答える。 オレと月英は無言のまま頷いた。 「では、おぬしたちを長期任務に就けたい」 「長期…ごほっ、ですか?」 月英が聞き返した。 驚くのも無理はないだろう。 暗部には暗部一本に絞る者と表に職を持つ二足の草鞋を履く者とがいる。 そして、オレをはじめ、楓吏も月英もそれぞれの理由から後者だと言うことは聞いていた。 暗部は里の高位機密に当たるため、表向きの顔を持つ者はそれを蔑ろにすることは出来ず、従って長期任務を請ける者は前者の暗部専属の人材が起用される。 後者であるオレたちが長期任務を請けるということは本来ならありえない事だった。 「何故、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」 オレの言葉に、ふたりが無言で肯定する。 「おぬしたちの表の立場が適任なのじゃ」 「……それは…、よろしいのですか?」 楓吏が戸惑い気味に訊ねる。 火影の眉間に皺が寄った。 火影が言いよどみ、楓吏が戸惑う理由はひとつ。 暗部は表との混同を禁止しているからだ。 公私混同と同じで私情を持ち込むことを禁じている、暗黙の掟でもあった。 その戒めの厳しさは、危険な任務に就く暗部だからこそともいえた。 「他に適任者がおらん。仕方が無いんじゃ」 火影は溜息ひとつ、例外中の例外だと言い切った。 「先日のことは憶えておろう」 火影が視線だけでオレたちを見回す。 「名家、旧家の子供が狙われたことでしょうか?」 月英がここ最近のことを確かめる。 それは、暗部や上忍では誰もが知っている話。 血継限界や名家と呼ばれる家伝の術を持つ家の子供を攫う計画。 それ自体は過去から今にいたるまで、いくらでもあった。 だが、ここ最近それを実行する存在が増えていた。 この数年で最も大きなものは数年前の日向宗家嫡子の誘拐未遂だが、先日の一件はそれに近い物になったかもしれなかった。 先日の事を含め、事が発覚する前に取り押さえられた者の数も合わせれば既に二桁を越えている。 「そうじゃ。あれはごく一部の先走った行為。あの者たちが参加しておった計画自体は他にも多数の家の子供を狙ろうておる」 苦々しく語る火影に、月英も頷く。 「先日のあの事で、どうやら一時なりを潜めておるようでな。今は尻尾をつかませるような動きが起こってはおらん。今は各家の者や正規部隊を派遣して警備をさせているのじゃが、いつまでもそういう訳にはいかぬ」 うちは一族の壊滅以降、里の警備に人員を割くにも限界があった。 現在の木の葉の里は慢性の人手不足と言っても過言ではない。 「そういうわけでの、おぬしらには子供たちの護衛を命ずる。期間は次の春からじゃ。それまではこれまで通り任務をこなしてもらう」 オレたちに異議を唱える権利などない。 暗部は火影直属であり、火影の命に忠実であることが第一条件だ。 「御意」 こうしてオレは、新たな任務に就くこととなった。 アカデミーでナルトはいつものように机に突っ伏して授業を聞き流す。 ナルトが聞いていようといまいと、教師たちは授業を進めるので考え事には最適だった。 ナルトが何をしていても、教師も生徒もだれも声をかけてこない。 たまに物が飛んでくることは有ったが、中忍や下忍にもならないアカデミー生の投げたものなど何ほどのこともない。 夜間の暗部任務が長引いた時など、眠ったふりをして体を休めることも出来たし、任務や術について思案することも出来た。 ナルトは居眠りを装って、更に思い出す。 執務室を出たオレたちを止めたのは、楓吏だった。 「今、いいですか?」 言葉には、この後に任務がないなら、という意味合いが含まれていた。 オレは首を縦に振って肯定する。 月英が咳をして先を促した。 それを受けて、楓吏は印を結んで結界を張った。 「…ゴホっ、随分と念入りなんですね」 月英が揶揄する。 「ああ、流石に人目が憚られるからね」 楓吏は壁にもたれた。 気配が柔らかくなる。 「ふたりに聞いておきかったんだ」 楓吏の口調が変わった。 いつもの任務に就いている時の砕けたもの。 オレにとっても、たぶん月英にとっても聞きなれている喋り方だ。 「俺は君たちの素性を知らない。君たちは知っているのかい?」 探るような口調。 だが、声には楽しそうな音が含まれている。 「いえ、知らないんですね」 月英の声も楽しそうだった。 オレも月英の言葉に頷く。 「暗部の個人情報は機密事項だ」 暗部の情報は探るのも公表するのも禁じられている。 内部の者はもちろん、外部の人間が探ることもいけない。 「そう、禁止されている。だが、先程の火影様の言葉はそれに抵触する」 楓吏の言葉に月英が溜息を吐いた。 「それは私も気になっていたんですね」 オレは無言のままふたりを見る。 ふたりともわざとらしい溜息で誤魔化しているが、楽しんでいると言わんばかりの気配だ。 「そこで気になってしまったんだよ。俺以外のふたりは個人的にも知り合いなのかなって」 ふふっと笑い、楓吏は話を締めくくった。 「残念ながら、私は楓吏の事も冥の事も知らないんですね」 本当に残念そうに月英が答える。 「冥はどうなんですか?」 楽しげに月英が振ってきた。 「知らない」 おれは溜息と一緒に吐き出した。 何故こいつらはこんなに楽しそうなんだ。 「やっぱり」 楓吏はひとり何かを納得している。 「ひとりで納得しないで欲しいんですね」 ゴホッと咳き込む月英。 「もしかしたら、火影様は俺たちの事を互いに話すつもりかもしれないと言うことさ」 そうでなければ、3人揃ったあの場で口にはしないだろう。 そう続けた楓吏は、面で顔を隠していても心底楽しそうだった。 ナルトの口から溜息が漏れた。 火影が何を考えているのかは分からないが、ナルトもそうとしか思えなかった。 この後数年、旧家名家の子供と呼ばれる年代の者が次々とアカデミーに入学してくる。 ナルトの現在の立場が役に立つというなら、そういうことなのだろう。 とすれば、他のふたりもアカデミー関係の人間か、これから携わることになる人間か。 そして3人の暗部が護衛するとすれば、対象は複数。 もしかしたら、その中にあの少女も含まれているかもしれない。 そう思い至って、ナルトは思考を止めた。 チャイムが鳴る。 授業の終了を告げる教師の声耳に届く。 ナルトは一度頭だけを起こし、再び机に預けた。 騒がしい教室の中、周りの騒音を全て意識から排除して思考に没頭する。 月英や楓吏のことはともかく、少女のことを考えることに意味などない。 二度と会わない相手なのだから。 冥は特定の姿を維持しない。 任務ごと、組む相手ごとに姿を変える。 月英や楓吏とは幾度かは同じ姿で任務を行なった事はあるが、気配やチャクラを識別できる彼らなら姿を変えても問題はなかった。 逆を言えば、気配やチャクラを識別できない者には全くの別人としか見えないのだ。 任務で会ったとしても、あの時の姿でなければ彼女には分からないはずだ。 だから、少女のことを考えることに意味は無い。 第一、護衛対象が彼女と決まっているわけではない。 もしもなど、時間の浪費にしかならない。 ナルトは考えを断つために意識を外に向ける。 教室にも周囲にも誰の気配もなくなっていた。 「帰ろう」 そう呟き、立ち上がる。 いつまでも人のいない公共の場所にいることは、うずまきナルトには危険な行為だった。 アカデミーからの帰り道で変化する。 食料の調達はうずまきナルトにとってかなりの危険を伴う作業だった。 だから、怪しまれない程度に他人に化けて買い物をする。 今回は20代前半の忍服の女性。 特定の人物にならないのはもちろん、化けた姿のままで知り合いを作らないために毎回違う姿に変わる。 そう頻繁に買出しに出るわけでもないのだが、この場合は念には念を入れて行動するのが生きるための賢さだ。 店を選んで保存食をまとめて購入する。 インスタントラーメン、レトルト食品、栄養食。 好きなときに食料を手に入れることのできない立場だから。 栄養が偏るだろうが、飢えるよりマシだという判断で選ぶ。 無造作に袋を持ち、店を出てしばらく歩いた時。 背後から声がかかった。 「待って!」 少女の声。 記憶にあるそのままの声。 ありえない。 足が凍ったように動かない。 忘れられない気配が駆け寄ってくる。 あるはずがない。 気配が背中のすぐ後ろで止まった。 オレはゆっくりと振り向く。 あってはならない。 振り向いたその先に、少女が居た。 「やっと見つけた!」 少女が笑った。 場所を変えようと言うと、少女は頷いてオレの服を掴んだ。 逃げないと言っても首を横に振るだけなので、諦めた。 少女の歩調に合わせて近くの公園まで歩く。 人の少ない場所を選んで、少女に隣を勧めて公園のベンチに落ち着く。 「約束、憶えてる?」 少女が下から覗き込むようにオレを見る。 少女の目はあの時と同じように、真っ直ぐオレを見る。 「ああ、だがその前に答えてくれ。何故わかった」 オレは少女の視線を受けて見つめ返す。 「声も姿かたちも違ったはずだ」 本気になれば上忍レベルでも騙し通せる。 そうでなくては生きてこれなかった。 だからこそ、疑問が生じた。 「わかんない」 しゅんと萎んだような少女の声に驚く。 そんなに難しい事を聞いたつもりはなかった。 「わかんないけど、ずっと探してたら、なんとなくわかったの」 ぱっと見てね、そうだって思ったの、と少女はもどかしそうに言う。 その姿は誰かに教えられて見つけたようには思えなかった。 少女の言い分を信じるなら、直感で分かったということなのだろう。 「そうか」 もし何か目に付く特徴があったとしても、少女自身にも理解できない何かだったのだろう。 そう理解して、オレはそれ以上訊くのを諦めた。 訊いたところで彼女も分からないのだから仕方がない。 「じゃあ、名前教えてくれるの?」 約束だからな、と答えると、少女の顔に笑顔が戻った。 「冥、だ」 少女は嬉しそうに笑う。 「わたしはね、いの。山中いのっていうの!」 自らの名を誇らしげに語る少女。 オレだけを見る真っ直ぐな彼女の視線を受けても、オレの中にはもうあの時のような恐怖心は起きなかった。 終
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