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どうしてなんだろう

 ぱたぱたと軽い足音を響かせる子供たち。
 弁当を抱えた少女と、少女と同じ年頃の同じく弁当を持った少年がふたり。
 任務受付所の上階はで音をたてて進む姿は珍しく、忍だらけの中を走る小さな姿はとても目立っていた。
 迷いも見せずに進む子供たちを奇異の目で見る忍たち。
 そんな忍たちの見守る中、子供たちが足を止めたのは人生色々の入り口だった。
 子供たちは互いを見て頷くと、迷うことなくその中に足を踏み入れる。
 そんな子供たちを見送った忍たちは、それぞれ心の中である噂を思い出していた。


 ここ数ヶ月、木の葉隠れの忍たちの間にまことしやかに流れる噂。
 曰く、暗部を怖れない子供がいる。
 街中で暗部面を着けた者にまとわりつく子供の姿を見かけたとか、任務受付所で暗部と手をつないでいる子供がいたとか。
 なんだそんな事かと笑うなかれ。
 暗部と言えば泣く子も黙る恐怖の対象。
 里の母親や父親や時にはアカデミーの教師までもが、言うことを聞かない子供を怖がらせるための使う常套文句にされる存在。
「言うこときかない悪い子は、こわーい暗部の人がお仕置に来るのよ」
 さすがは隠れ里というべきか、他の土地なら妖怪やお化けの立場に暗部を出す。
 そんな存在だから、子供たちにとっては暗部は恐怖の対象だったりするのである。
 そのお化けと同列の存在を怖れない子供。
 それはその子供もお化けと同列に扱われもおかしくないわけで。
 どこの怪談だと笑いたくなるような内容だが、怪談じみているからこそ面白いとは誰の言だっただろうか。
 出所も何もわかったものではない噂を信じるなど忍としてあるまじき行為なのだが、噂を噂として楽しむ分には問題はなく、面白半分に尾ひれ背びれを付けた噂はさらに広まっていく。



 上忍たちの憩いの場、人生色々。
 任務を終えた者、これから任務の者、単に暇を潰すだけの者など様々な上忍がいつも誰かしらここに居る。
 そんな場所だから、ここで情報交換などする者が出てくるのは当然といえたかもしれない。
 出所の分からない噂ランクの情報から、機密すれすれの他里の情報まで幅広く飛び交う様子は、それでなくても入りにくい雰囲気のあったこの場所を更に居辛くしていた。
 なにせ、中には下忍や中忍が知ることの許されていない情報までもがぽんぽんと聞こえてくるのだから、気が休まるどころか擦り減る一方だ。
 そんなこんなで、上忍以外が入ってこないどころかそれ以外は近くに寄り付くことすらなくなって久しい場所に訪れた、久々の来客。
 入り口に姿を見せたのは、3人の子供だった。
 室内にいるのは腐っても上忍。
 どういった理由があって来たのか興味津々であっても、あからさまな視線はひとつもない。
 といっても、単に盗み見ているだけだが。
 そんな上忍たちの視線がひっそりと集まる中、子供たちは一直線に目的の人物の前まで歩く。
「来たか」
 子供たちの進行方向にいたひとりがニヤリと笑って口を開いた。
「こんなもん忘れんなよ、めんどくせぇ…」
 3人のうち、その男に似た少年が嫌そうに答えて手に持った弁当箱を男に渡す。
「母さん怒ってたよ?」
 丸い体格の子供が、己より更にどっしりとした体格の男の足元に大きなお重を置く。
「ごめんね、朝慌てちゃって…」
 そう言って頬を掻いて謝る大男。
 その隣、残るひとりの少女は無言で弁当箱を突き出した。
「い、いのちゃん?」
 目の前に突き出された弁当をと黙りこくった少女を交互に見て、少女に似た色を持つ男は戸惑っていた。
「…いらないの?」
 怒ってますといわんばかりの声に、男は慌てて首を横に振る。
「いるいる! いるよ!」
 少女の手から弁当箱を受け取って、とにかく機嫌を取ろうと言い募る。
「いのちゃんが作ってくれたのに、いらないはずなんてないだろう?」
 必至に言い募る男に少女はむくれたまま背を向ける。
「い、いのちゃん?」
 おろおろと狼狽する男に、少女は無言。
 興味半分でそんなふたりを横から見る、他の上忍ふたりと少年たち。
 いつの間にか室内の上忍たちの談笑は止んで、静まり返っている。
 沈黙の支配する中、少女の肩が震えた。
 部屋中の上忍たちが固唾を飲んで見守る中、誰もが少女が泣き出すだろうと思って身構えた。
 少女似の男が俯いて震える少女の肩にそっと手を伸ばした瞬間。
「パパのばか! だいっきらい!!」
 少女は大声で怒鳴り、駆け出していった。
 静まり返った室内。
 大嫌いと言われた男は呆然自失で少女の出ていった入り口を見つめていた。
「おい、一体どうしたんだ?」
 黒髪を頭頂部近くで結わえた男が、自分に似た少年に小声で問い掛ける。
「しらねーよ、めんどくせぇ」
 聞かれた少年は頭を掻いてぼやく。
「元気だねえ」
「うん、すごいよね」
 ほのぼのと呟く大男とそのミニチュア版の少年。
 未だに硬直が解けず、頭の中で大嫌いの言葉が響き続けている男の肩に同僚の上忍がぽんと手を置く。
 部屋に居る上忍たちの目にはみな一様に同情の光があった。
「……いのちゃーん」
 少女の消えた先を見つめていた山中上忍は、手元に残った愛妻と愛娘の手作り弁当を抱きしめて涙を流したのだった。



 里の中心から外れた公園でナルトは立ち尽くしていた。
 ナルトの今の姿は暗部ではなく、私服の10代半ばの少年。
 もちろん、冥として変化の術で外見を偽っているのである。
 見た目では彼がうずまきナルトであることも、暗部の冥であることも分からないだろう。
 それだけ今彼は外見の年齢相応の反応で困っていたからである。
 ナルトが戸惑っている理由はひとつ。
 現在進行形でナルトの腰に抱きついて離れない少女にあった。
 少女の名前は山中いの。
 父親は上忍、母親は元くの一という忍の家系。
 家は家業として花屋を営んでいる。
 それがナルトの彼女に関する知識であった。
 二度目に街中で背後からナルトを呼び止めて以来、いのは出会うたびに声をかけてくるようになった。
 それこそ任務時以外であれば、暗部姿であろうと一般市民の姿をしていようと、どれだけ関係ない人間に変化していても戸惑いなく見つけ、呼びとめてくるのである。
 そのあまりの遭遇率に首を捻ったのは先日のこと。
 その事を訊けば、答えは単純明快だった。
 あれ以来、彼女は朝から日が沈むまで時間の許す限り一人で街に出ていたと答えたのだ。
 あまりにも無防備なその行動に難色を示したナルトに、妥協案として彼女が提示したのが、待ち合わせだった。
 そして今日、初めて彼女と待ち合わせなるものを実行した。
 時間ちょうどに待ち合わせの場所に来たナルト。
 いのの姿を確認できないことを不審に思い影分身を数体使って彼女の安全を確認すると、ナルトはその場で待つことにした。
 それからしばらく経ち、遅れて来たいのはナルトを見つけると駆け寄って、何も言わずに抱きついた。
 ぎゅっとしがみつくいのを無下にできず、ナルトはただ彼女を見下ろす。
 10分が経過。
 それでもいのはナルトを離す様子を見せず、ナルトはいのに抱きつかれたまま、内心の動揺を溜息で紛らわせた。



 日が中天を過ぎた頃、いのはようやくオレを離した。
「…その、ごめんなさい」
 落ち込むいのを見て、そういえば子供をあやすための行動として頭を撫でるというのがあったなと思い出した。
 他には思い浮かばなかったので、オレは俯いたまま謝罪の言葉を呟くいのの頭を恐る恐る撫でた。
「何故謝る?」
 そう言うと、いのはぎゅっと自分の服を握り締める。
「約束したのに遅れて来たし…」
 いのは俯いたまま答えた。
 彼女の頭をぎこちない手つきで撫で続けながら、オレは何を言うべきか悩む。
 それの何がいけないのかが判らない。
 だが、それを口にすることはなんとなく憚られた。
「いのは来ただろう?」
 本心からの言葉。
「待ち合わせの場所も間違えていない。オレたちは今こうして会っている。問題はないだろう?」
 その言葉に、いのは顔を上げた。
「怒ってないの?」
「何を?」
 そう訊くと、いのは首を振る。
「ううん、怒ってないなら、いいの」
「そうか」
 何が良いのかは判らなかったが、いのがいいならそうなのだろうと納得して、オレは近くのベンチにいのを座らせた。
 隣に座って、疑問に思っていたことを訊く。
「それで、待ち合わせをして何をするんだ?」
 待ち合わせをしようと言われ、承諾した。
 今日、待ち合わせの場所で会い、今に至る。
 待ち合わせは果たされた。
 では、その次はどうするのか。
 そもそも、待ち合わせの意味から分からないことだった。
「あのね、パパがね、一人になるなって言うの」
 ぷくりと頬を膨らませて、いのが怒ったように言う。
「一人は危ないから、いつも誰かといっしょにいなさいって言って、シカマルとチョウジがいっつもいっしょなの」
 オレの知らない名前を口にするいの。
 なんだか面白くない。
「それはオレも前に言ったな」
 つい口を挟んでしまった。
 だが、この待ち合わせとやらをした理由がそうだったのだ。
 だいたい、初めて会った時にいのは攫われかけていたのだから、父親が心配するのも無理はないだろう。
「でもね、でもね。わたし、誰かといっしょだと、冥が見つけられないの。だから…」
 真剣な顔でオレを見上げるいの。
「だから?」
「だから、また、こうやって会ってほしいの」
 オレには、それを拒否するという選択肢が思い浮かばなかった。



 それからいのの話す色々な事を聞いて、訊かれた事を話して。
 それまでと同じように時間を過ごし、日が沈む前にいのを家の近くまで送ってから自宅に戻った。
 独りになってほっと息を吐く。
 三代目以外の里の人間に触れられるなんて冗談じゃないと思っていた。
 任務で他人と接触した時には、しばしば気分が悪くなることもある。
 なのに、どうしてだろうか。
 いのに抱きつかれても嫌悪を覚えなかった。
 それどころか、彼女の傍は心が落ち着いた。
「なぜ…?」
 彼女の前では『冥』よりも『オレ』が出ている気がする。
 それも、『冥』が演じきれていないのではなく、自然と変化するのだ。
 右手を見た。
 彼女の髪を撫でた手。
 綺麗だったなと思う。
 見ていると、彼女の髪の感触までも思い出した。
 どうしてなんだろう。
 彼女に触れた右手があたたかかった。


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