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どっかの誰かサン

 春。
 出合いと別れの季節。
 木の葉隠れの里の忍術アカデミーでも幾人もの卒業生を下忍として送りだし、それを上回る忍者のたまご候補の新入生を迎えて浮き足立っていた。
 ナルトはクラス編成を終えたばかりの教室から窓の外を見る。
 教室ではまだ授業が始まっていないが、授業が始まっていてもいなくてもナルトが静かにしていれば誰も見ようともしないので、ぼんやりと外を見ている風を装うだけで済ませた。
 視線の先の校庭には、入学したばかりの新入生が集められてなにやら説明を受けている。
 そのまだ幼さの残る子供の中に護衛対象の子供たちを確認できた。
 護衛対象のメインは日向家筆頭分家の嫡子である日向ネジ。
 アカデミーに入るまでにかなりの修練を積んだのであろう事は子供らしく浮かれる新入生たちの中でひとり落ち着いた仕種に見て取れる。
 他に一応日向の血筋に連なるの子供ふたりも護衛対象なのだが、ネジ以外は日向とは名ばかりの末席にも名が載らず白眼も持っていない普通の子供だった。
 ネジを除くふたりはハッキリ言ってわざわざ暗部を使って守る価値があるかどうか疑問だったが、念のためということらしい。
 分家にすら入らない傍系でも隔世遺伝や先祖帰りと呼ばれる現象で稀に白眼を持つ子供がうまれる。
 白眼の日向一族は写輪眼を持つうちは一族と違いその現象の起る確率が高いというのが特徴のひとつに数えられるほに。
 それに加えて旧家の者はその家の名を持つというそれだけで人並み以上のプライドを持つ者が多く、さらに日向一門の出であれば日向流体術を学んでいる。
 血継限界を持たずとも、うまく育てれば他の者よりも中忍以上になる確率が高い。
 そう言ったのは、これまで何百人もの忍びを見てきた三代目火影。
 その言葉に異を唱えるつもりなど毛頭無いが、護衛対象はたかだか3人。
 正確にはネジひとりと言っても過言ではないということで、ナルトの任務に対する緊迫度は低い。
 もっとも、アカデミーの周囲には暗部の冥と楓吏がそれぞれに張った結界が二重になって存在するし、それに触れる者があれば即座に気づけるので気を抜いているわけではないのだが。
 ただ、襲撃があるとは限らない現状で気を張り続けるのは馬鹿げているというのを知っているだけだ。
 重要なのはその時に動けるかどうか。
 長期に渡る護衛任務、しかも己を隠して行動しなければならないのは少々骨が折れる。
 今年は三代目が用意した予行演習と見ていいだろうとナルトはひとり納得する。
 本来ならあと3人ほど入学する予定であったらしいのだが、何故か急遽取り止めになり、そのため今年の任務は冥と楓吏のふたりの任務に変更された。
 そして、来年からはその入学を延期された子供も含めて合計10人近い子供の護衛任務が待っているので月英の参加が決定している。
 忍術アカデミーが基本3年制をとっている以上、何かない限り最低4年間、そのうちの誰かが留年すれば5年以上アカデミーに縛られることになる。
 そう考えてナルトはこっそり溜め息を吐いた。



 一方、いのは幼馴染のシカマルとチョウジを自宅に引き入れ、朝から父親所蔵の忍術書を漁る計画を練っていた。
 家業が花屋であると同時に忍者の家系でもある山中家には、植物に関する書物の他に、多量の忍術に関する蔵書がある。
 さすがに禁術禁書の類は無いが、基本的な忍術解説の本から上級忍術書までが揃えられているその書棚は一般人から見れば異様なほどの蔵書量であった。
 いのはそこで片っ端から本を抜き出して自室に持ち帰ろうとしているのである。
 ちなみに、チョウジを呼んだのは大量の本を部屋に持ち込むための運搬要員、シカマルは本を読む時の辞書兼相談役として呼びつけたのである。
「しっかしまー、よく開けられたな…」
 書庫とすら呼べそうな壁一面の書棚に詰め込まれた書物を見上げてシカマルが呟いた。
「昨日、パパに忍術書が読みたいって言ったら簡単に開けてくれたわよー?」
 父親の行動に全く疑問をもたないいのの態度に、シカマルとチョウジが顔を見合わせる。
「マジかよ…」
「ホントだと思うよ」
 いのは嘘をつかない。
 思い込むことはあったとしても、だ。
「デキアイって、こういう事を言うんだねー」
 しみじみとチョウジが頷き、シカマルは頭を抱えた。
「仮にも上忍がいいのかよ…」
 自分の親などどんなに頼んでも手持ちの忍術書などそう簡単に見せてくれない。
 忍として術に関する情報を外に漏らすことは良い事ではない。
 それが己の家系や術に関するものなら尚更だ。
 少し羨ましいと思いながらも、こんなに娘に甘い人間が上忍で里の未来は大丈夫なのかとシカマルは真剣に悩んでしまいそうだった。
「それよりも、早く本を持っていこうよ。ボクお腹すいた」
 さすがに書庫の中でお菓子を食べるわけにもいかず、チョウジはいのの部屋にお菓子の山を置いてきている。
「それもそうだな。めんどくせぇけど、とっととやるか」
 シカマルの言葉に素直にうなずいて、シカマルの指示に従ってそれぞれ持てるだけの本を持って移動した。



 いのの部屋に車座になって座る子供達。
 それぞれが手に忍術書を持って読みふけっている。
「…で、最近どうしたんだよ?」
 頃合を見計らって、唐突にシカマルが声を出した。
「なにがー?」
 本から顔を上げずにいのが応える。
                                                                      「おじさん、心配してたよ?」
 シカマルの言葉を補うチョウジ。
「一人になるなって言うから、ひとりにはなってないわー」
 ふたりの言葉に含むものを感じて、いのはむくれた。
「何拗ねてんだよ、めんどくせー」
「それって、パパが聞いてくれっていったんじゃないのー?」
 いのの疑惑の眼差しを受けて、シカマルとチョウジが黙り込む。
 そのいかにも身に覚えが有りますという反応に、いのの機嫌がさらに低下する。
「父さんが、いののお父さんが落ち込んでて仕事がしんどいって言うから……」
 チョウジが申し訳なさそうな声で言い訳する。
 こっそり自分の好奇心を父親といのの父親になすりつけているが、そんなことはいのには分からない。
 いのはチョウジの父親にまで心配させてしまったことに反省する。
 シカマルはわかってしまったが、わざわざ言うのも面倒なので言わない事にした。
「だって、パパったらアカデミーはまだ早いって…」
 肩を落として呟くいのに、シカマルとチョウジがあっけに取られる。
 もっと何か別の理由があるとばかり考えていた二人には、まったく予想していなかった答えだった。
「はあ?」
「アカデミーって、忍術アカデミー?」
 おうむ返しに聞くチョウジに、今度はいのがきょとんとして聞き返す。
「…それ以外にアカデミーってあるの?」
「いや、知らねぇけど…」
 知識量なら3人中1番のシカマルが答えられずに言葉を濁す。
「なんで急にそんなこと…」
「アカデミーに入って、勉強して、一人前のくの一になるの。そしたらきっと、ずっと一緒にいられるんだからー!!」
 言いながら、いのは興奮してぐっと拳を握って振り上げた。
「……一緒に?」
「…って、誰だよ。……はぁ、めんどくせぇ……」
 チョウジが突っ込み、シカマルは冷めた声で呟くが、幸か不幸か腕を振り上げやる気満々ないのの耳には届かなかった。



 昼も過ぎ、生徒たちの一部が睡魔に襲われはじめた頃。
 ナルトの張った結界に触れる者が現れた。
 しばらくして、結界が解かれる。
 その結界に触れた何者かは力技で破壊するのでは無く、結界を組む理論を解くかたちで結界を無効化した。
 殺意や害意は感じないが、だからといって放っておくわけにもいかなかい。
「……」
 ナルトは周囲の人間が誰ひとり自分を見ていない事を確認すると、素早く印を結んでその場に影分身を残し、瞬身で教室から抜け出す。
 侵入者が結界に接触した場所に向かいながら楓吏の気配を探る。
 楓吏は新入生たちについて行動しているらしい。
 護衛対象たちの気配のすぐ側に楓吏の存在を確認し、ナルトは侵入者の元へと駆ける。
 といっても、狭いアカデミーの中ではすぐに目的の場所へとたどり着いた。
 校舎の壁にそって植えられている樹木の上に潜む形で身を落ち着け、ナルトは侵入者の気配を探る。
 アカデミーの裏山ヘと続く塀の一角に3つの人影が確認できた。
 年の頃は10代後半くらいだろうか、少なくともアカデミーに在学する年齢では無い。
 おかしな事に、3人が3人とも素人の様に全く気配を殺さず、それどころか声を潜める事も無く話し込んでいる。
 まるで一般人の様なその行動に、ナルトは戸惑った。
 チャクラを練るだけならアカデミーに通えば大抵の者ができるようになる。
 だが、この3人は結界を通る時に結界を解いているのだ。
 結界の解呪はそう簡単にはできるものではなく、例えこの里に生まれ住んでいても一般人に不可能なことはもとより、下忍でさえも解ける者はそういないのだ。
 それこそ忍としての正確な専門知識が無ければ解こうとしても弾かれて終るだけなのだ。
 第一、ナルトの張った結界は一般人なら見る事も感じる事もできないもので、効果もそこを通過するものを認識・識別するためだけのモノであるのは木の葉の忍びなら誰でも分かることだった。
 一般人を装った他里の忍びである可能性が否定できない以上、ナルトの取る行動は決まっていた。
 塀を乗り越えて侵入したであろう3人は、校舎に背を向ける形でしゃがみ込んみ、思案顔で何かを相談しあっている。
 ナルトは3人の中からリーダーらしき男に目星つけて瞬身で移動し、背後をとった。
「…ここで何をやっている?」
 背後から男の喉にクナイを押し付け、告げる。
「………」
 男は反応を示さず、かわりに他の2人が慌てたように立ち上がる。
「もう一度聞く。何をやっている?」
 ナルトがそう言うと、男がゆっくりと立ち上がり、手を上げて降参の意を示した。
「オレたちはただの一般市民だ」
 男のとぼけたような言葉に、ナルトはクナイをさらに押し付けた。
「何をしているのかと聞いている」
「…あー、度胸試しだ」
 ナルトが他の2人に視線を向けると、もうひとりの男が頷いている。
 残るひとりの女は硬直したままナルトを凝視して。
 直後、飛びかかってきた。



 ナルトが捕まえていた男を引きずり倒し、飛びかかってきた相手にクナイ振りおろそうとした瞬間。
「いの!!」
 ナルトに倒された男が叫んだ。
「……っ!?」
 男の声が呼んだ名前にナルトは動きを止め、飛びかかってきた女に押し倒された。
 ナルトの上に乗った相手はそのままナルトを抱き締める。
 女はその行為にも気配にも殺意も害意もなく、逆に喜びの気配をまき散らしているのがナルトにも分かる。
「…やっぱり、冥だー」
 女の少し低めの声が、嬉しそうにナルトをそう呼んだ。
 ふふふと笑う女に、ナルトは既視感を感じてその身にまとう気配を再度確認する。
 思い出そうとしなくても、確かにその気配はナルトの良く知る少女のものだった。
「……お前、いのか?」
 ナルトは抱き着いてくる女を抱いて起き上がる。
「そうよー、わからない?」
「なぜ…。いや、過ぎた事か…」
 溜め息を吐いて、ナルトはいのを抱いたまま立ち上がった。
「変化、できたんだな」
 いつもは上から見下ろす少女を下から見上げ、ナルトは呟く。
「今日、はじめてやったのよー?」
 嬉しそうにそういう女は、何度も見た少女の面影を残していた。
「そうか…」
 ナルトはそう言って顔をしかめた。



 ナルトに引き倒された男がもうひとりの男に手を借りて起き上がる。
「おい、いの……」
 状況の急展開について行けず、取り残される形になった男2人がいのに説明を求めるようにいのとナルトを交互に見た。
「知り合いか?」
 ナルトが先を取っていのに訊ねる。
「えーとね、シカマルと、こっちがチョウジ。幼馴染みよー?」
 いのは2人を順に指差し、ナルトに紹介した。
 ナルトは紹介された男の方を見て、訊ねる。
「結界を破ったのはお前か、シカマル?」
「…ああ、俺がやった」
「……」
 ナルトはその言葉に少し考え込む。
「で、こっちが冥…」
「いの、違う」
 ナルトはいのがシカマルとチョウジにそう紹介しようとしたのを止めた。
「……違う?」
「この姿は『うずまきナルト』だ」
 固い声でナルトはそう告げた。
 いのはきょとんとしてナルトを見て、首をかしげた。
「冥じゃないの?」
 不安そうな声で聞くいのに、ナルトは首を横に振って答える。
「その名で呼ぶな。この姿の時だけは『うずまきナルト』だ」
 正面からいのを見据え、ナルトは噛み砕くようにして伝える。
 真剣なその言葉に、いのは頷く事で応えた。
「お前たちも、同じだ」
 ナルトはそう言ってシカマルとチョウジを見る。
「うずまき、ナルト……」
 チョウジがぽつりとその名を呼んだ。
 シカマルは息を飲む。
「お前たちは知っているみたいだな。だったら分かるはずだ、その名前の意味する所が」
 冷ややかな声でナルトがチョウジとシカマルに告げた。
「…う、うん」
「……めんどくせぇけどな」
 こくこくと首を立てに振る幼馴染みを、いのとシカマルが怪訝そうに見た。
「いの、オレがこの姿でいる時は声をかけるな。いいな?」
「……どうして?」
 いのが不満げに問い返す。
「許されない事だからだ」
 きっぱりと言い切ったナルトは、理由を聞きたそうな顔のいのを見ずに淡々と続ける。
「いいな、守れなければお前たちを消す事になる」
 そう言ってナルトは校門を指差した。
「あそこから帰れ。家につくまでは変化を解くな」
 そう言って3人に背を向け、ナルトは姿を消した。



 後に残された3人は、しばらく困惑したまま視線を彷徨わせて、歩き出した。
 アカデミーを出て、その校舎が見えなくなった頃。
「あいつが、お前の言ってた誰かサンかよ……」
 ぼそりとシカマルがいのに言った。
「言ってたって、なによー?」
 不機嫌丸出しのいのに、チョウジが答える。
「いのが言ってた、ずっと一緒にいたい人」
「……そうよ。悪いー?」
 ナルトの急激な変化に戸惑い、答えをもらえぬままに去られて、いのの機嫌は低かった。
「悪かねぇけど……めんどくせぇ」
「一緒にいるのは、きっとすごく難しいよ」
 心底嫌そうにそう言う幼馴染みに、チョウジが同意する。
「なによ、それー」
「あいつが本当にうずまきナルトだったら、嫌になるくらい面倒だってことだ」
 そう言って、シカマルは口を噤んだ。
 どこの誰かなんて、この里にいたらすぐに気がつく。
 年端のいかない子供の耳にすら、金の髪と青い目の子供の噂はいくらでも届いてきていた。



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