年貢の納め時 |
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大丈夫。 まだ大丈夫だ。 まだ全てが知られたわけじゃない。 『ナルト』も『冥』も、どちらも本当のオレじゃない。 どちらもオレの全てじゃない。 だから、何も心配する事はない。 まだ、本当のオレは知られていないのだから。 昼はアカデミーでの護衛任務、夜はほぼ毎日里の外に任務に出る。 春から半年近く、そうやって過ごしている。 あの夜、三代目火影に頼んだ事。 ひとつ目、いのたち3人を『うずまきナルト』と『冥』の双方に近づかせない事。 ふたつ目に、その3人に護衛をつけること。 三つ目、夜間にも暗部任務を行う事。 この三つの頼み事は、半年経った今も守られている。 あの日以来、ナルトはいのを避けていた。 夜更け近い時間。 火の国辺境にある寂れた山里の村を歩くひとりの女がいた。 纏う衣服は上質な布地を使った仕立ても上等な、高級品だと一目で分かる程のもの。 頭の両側に高く結い上げた艶やかな髪が足を一歩踏み出すごとに軽く揺れる。 顔立ちは少々きつめだが品のある綺麗な容貌の、昼間の賑やかな町中に似つかわしい娘だった。 しかし、真夜中を過ぎたこの時間に限りなく不似合いなその姿を見るものは誰もいない。 娘は村の端に来ると足を止めた。 村の中心から外に向かってのびる、村と外を繋ぐ唯一の道。 その道を村の内側と外側を区切る位置に置かれた道祖神を祀った石は半ば打ち倒され、破壊されている。 石の傍に立つ大木も立ち枯れているのか、晩夏のこの時期に葉一枚つけていなかった。 「遅い」 娘は目を細めて呟く。 視線の先は、闇の続く道の先。 月明かりしかない場所で、娘は的確に道の向こうに人影を視認する。 微かな動きながらその人影を既知の人物だと確認できたが、さらにその後ろにもうひとつの影を見い出して、娘は音も立てずに跳躍した。 月明かりを頼りに道を歩く二人の男。 ひとりは黒い髪の中肉中背、もうひとりは明るい栗色の髪をした長身の男。 ともに着ている服は火の国で最も一般的なタイプのもの。 旅人にしては小さな荷物ひとつの軽装だが、やはり人通りのないこの場所ではその異装を目にする者はいない。 二人はぼそぼそと喋りながら、のんびりと歩いて村の入り口に到達した。 「なあ、確かここだよな?」 長身の男がもうひとりに訊ねる。 「ああ、地図通りに来たし、山の位置も村の距離も間違いない」 中背の男は考えながら答える。 指定の場所は、村の入り口。 壊れた道祖神の石と樹齢百年以上の木が目印。 道を間違えようにも、この村へは最後に出た村から一本道。 それこそ幻術等で惑わされない限り間違える事はない。 「だったら、何で誰もいないんだ?」 「そんなこと、俺が知るか」 状況は同じなのだと暗に含んで、答える中背の男。 ふたりが軽い言葉の応酬を続けつつ足を動かして枯れ木の下に近づく。 その瞬間、誰何の声が二人に届いた。 「…誰だ?」 短いその言葉に込められた警告の響きに、男たちは足を止めた。 「冥か?」 長身の男が軽い口調で問う。 「ゲンマか。そっちは?」 声だけで判別できたのか、ゲンマの名前を呼んだ声はさらに問う。 「アオバだ。名前は知ってるだろう?」 「……何故?」 ゲンマの言葉に応えず、またも疑問で返す。 「変わったんだよ。なんだか知らんが、用事なんだと。火影様からの命令だ」 ゲンマがそう言った瞬間、木の下に気配があらわれた。 ゲンマとアオバが瞬時に反応した時には、そこにひとりの娘が立っている。 「冥、か?」 アオバの声に、娘が答える。 「そうだ。内容は知っているな?」 冥の問いにふたりが頷く。 「で、状況はどうなんだ?」 「問題ない。後はお前達の仕事だ」 ゲンマの問いに、冥は簡単に答えた。 「……あれだけの人数をひとりでやったのか?」 指示書の内容を思い出し、アオバは呆気にとられる。 対象の数自体はそれほどではなかったが、相手は雲隠れの忍だった。 しかも全員が中忍以上、下手をすると上忍という任務だったはずだった。 「そうだ」 簡単に答える冥に、アオバとゲンマは溜め息を吐きたくなった。 冥には怪我をした様子もなく、帰り血を受けた様子もない。 「どうやったんだ?」 「阿呆かっ!」 ゲンマが忍にあるまじき疑問を口にして、アオバに叩かれた。 「……言ったところで判らないだろう。雑談は終ってからにしろ」 呆れたと言わんばかりに冥が言う。 アオバはもう一度ゲンマの頭を叩いて冥の言葉に従った。 冥とゲンマ、アオバの3人が木の葉の里に戻ったのは、夜明けを随分と過ぎた頃だった。 ゲンマとアオバの二人が大きな麻袋を担ぎ、冥は小さな布袋を両手に抱えている。 3人はその大荷物を抱えたまま任務受け付け所を通り過ぎ、奥の部屋から結界を通り過ぎて地下へと降りる。 そこから更にいくつかの扉を通り、結界を過ぎて、大きな扉の前に到達する。 他の扉と違った鋼鉄製の頑丈な扉を開けて、中に入る。 3人が入った途端、背後の扉が音を立てて閉まった。 「遅かったじゃない」 笑いを含んだ女の声が室内に響いた。 「今日の担当はお前なのか、アンコ」 ゲンマが声のした方を見ずに、荷物を降ろして答える。 「今日はイビキが担当。あたしは昨日の続きよ」 「そのイビキはどうしたんだ?」 アオバが聞く。 広い室内にはアンコと呼ばれた女の姿だけしかなく、視認もできない。 「イビキだったら、いま下で尋問中。代わりにあたしがあんた達を待ってたってわけ」 そう言って串団子を飲み込むと、湯飲みをすすって立ち上がる。 「それが新しいヤツ?」 3人の前に歩いてくると、アンコはつま先でゲンマの降ろした袋を軽く蹴った。 蹴られた麻袋がもぞもぞと動く。 「ちゃんと生きてるみたいね」 「幻術で意識を閉じこめてある。どこに移せば良い?」 冥の言葉にアンコは扉のひとつを指差す。 「あそこに入れといて。イビキが戻ってきたら始めるから」 「わかった」 アオバとゲンマが小さな個室にふたつの麻袋を置いて扉を閉じると、アンコが扉を鍵と結界で閉じる。 「アンコ、術はいつものヤツだ。そう言えばイビキは判る」 「了解。冥、この後は?」 「報告だ。その後は別任務が入っている」 「うーん、そっか。今日は人手が足りないから手伝ってもらおうと思ったんだけど、残念」 笑いながらとんでもない事を言いってひらひらと手を振るアンコ。 火影直属の暗部を火影の命無しに手伝わせようとするアンコに苦笑して、3人は尋問控え室を出た。 「なあ、冥。お前、尋問とか手伝ってンのか?」 恐る恐るゲンマが訊ねた。 「昔、何度か」 「……そうか」 アオバはそんなゲンマに内心溜め息を吐く。 3人は沈黙したまま火影の執務室に向かった。 火影の執務室で3人が報告を終えると、三代目は冥だけを残して二人を退出させた。 無言でキセルを吹かして一向に口を開こうとしない三代目。 「火影様、用件をお願いします。あまり時間がありません」 アカデミーの始業時間が迫り、耐え切れずに冥がそう口にする。 「もう少し待て」 三代目は少しも動じる事なくただ一言いうと、また黙ってキセルを銜えた。 沈黙が続く中、それを破ったのは執務室の扉を叩く音だった。 「入れ」 三代目が入室の許可を与えると、扉が開いて月英と楓吏が入ってくる。 「お主らだけかの?」 「いいえ、外で待たせてあります」 三代目の問いに楓吏が笑顔で答えた。 「揃っておるか?」 「全員……ごほっ…、揃っています」 月英が答え、それに火影が頷く。 「ごほっ……冥には、もう?」 それを見て、月英が言いにくそうに火影に訊ねた。 月英の言葉に火影は首を振る。 「まだじゃ。説明は一度に済ませた方が混乱がなくて良いじゃろうて」 月英はその答えに何か言いたげな素振りを見せたが、何も言わずに黙って頷いた。 「では、入れても?」 「うむ」 楓吏が火影の許可を得て、扉を開く。 「失礼します」 そう言ったのは子供特有の少し高い声。 3つの子供の声が重なって冥の耳に入ってきた。 「揃っておるようじゃな」 入ってきた子供達に、火影は笑いかけた。 執務室に通された子供達を目にして、冥は混乱した。 目の前にいる子供達は冥の知る存在だった。 その中のひとりが冥を見て、すぐに視線を火影に向ける。 「お主らを呼んだ理由は分かっておるな?」 「はい」 火影の言葉に、子供達が緊張した声で応える。 「お主らはこれから更に厳しい修練を行う事になるじゃろう。覚悟はできておるな?」 厳しくなった火影の声に、子供達は無言で頷いた。 「詳しい事は、そこの3人が知っておる。後は頼むぞ、月英、楓吏」 「御意」 「心得ました」 月英と楓吏が頷くのを見て、火影も満足そうに頷いた。 「……どう言う事ですか、火影様」 ひとり蚊帳の外に置かれる状態になった冥は火影に訊ねる。 「儂ももう年じゃ」 火影はそう言って一息おいて続ける。 「儂はのうナルト、お主がひとりで居るのが不安でのぅ」 「…っ!!」 冥は暗部として変化している時にナルトの名を呼ばれ、混乱する。 そんな冥に、火影は諭すように言った。 「お主と共にある存在を、そろそろ作ってもよい頃じゃろう。この者たちはお主を知っておる。大丈夫じゃよ」 「そろそろ…ごほっ…意地を張るのはやめませんか?」 「年貢の納め時ってやつだよ。もう認めてもいいんじゃないか、お前はこいつらを信用してるんだろう?」 三代目の言葉に続いて、月英と楓吏が笑いながら言う。 「大丈夫じゃ」 火影は優しい声でもう一度そう言った。 「……わかった」 自分の事を誰よりも知っている火影と、その火影が信用する月英、楓吏にまでそう言われて、冥は頷くしかなかった。 「…冥!」 いのが名を呼んで抱き着く。 半年ぶりのその抱擁に戸惑う冥を、大人たちは微笑ましく見ている。 「……めんどくせぇけど、しかたねぇな」 「とかなんとか言って、実は楽しみなんだよね?」 その隣で、結果的にいのに巻き込まれた少年たちがこそこそと話していた。 終
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