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臥待月


 月影に照らされたその姿が、とても、とても綺麗だったから。
 悲しくなんてないのはずに、なぜだかひとつ、涙がこぼれた。


 夕陽が落ちて、日が暮れて。なんてことのない一日が終わった。
 とっくに子供が寝る時間を過ぎていたけれど、少しも眠くならないから、こっそりひとりで外に出た。

 真夜中の街は昼間と全然違った顔でをしていて、ドキドキする。
 どこに行こうか迷ったけれど、繁華街は人が多くて怖かったから丘にのぼることにした。

 里の中心から少し離れた小高い丘の上は寂しいところだった。
 昼間に来た時はとっても楽しかったはずなのに。
 そこここに咲き誇っていてとてもキレイだった秋の花はみんなしぼんでしまっていて、そよそよと風が草を鳴らす音までもがとても寂しく感じられた。

 独りで立つ夜はどうしてこんなに寂しいのだろう。

 人の声も気配もしないこの丘の上に立っていると、世界でただ独りになってしまったような錯覚に陥る。
 人を拒絶している訳ではないのだろうけど、きっとこの地は人を必要とはしていない。
 里が滅んでもここはこの姿を留めているのだろうと思わせるほどの静謐。
 何も言う必要がない世界。
 言葉も動きも、心音すら必要のない世界。
 少し前には何より望み、焦がれていた世界。
 人であることを厭っていた頃に憧れた世界。
 けれど、今の自分には必要のない世界。
 人間であることを望んでいる今では幻に過ぎない世界。


 風がそよいだ。
 呼ばれた気がして振り向いたそこに、いま何よりも欲しているものを見つけた。

 淡い色の髪に月の色が透けて、プラチナの光沢を帯びている。
 白い肌は月の光を弾いて、まるで肌が発光しているかのようだ。
 お伽噺の天女や仙女のような姿。
 月影に照らされたその姿がとても綺麗で、目が離せなくなった。
 動いたら、声を出したら消えてしまいそうで。
 汚してしまいそうで。
 ひとつ、涙が零れ落ちた。

  「何やってんの?」

 意識が引き戻される。

「……なん、だろ?」
「聞いてるのは私よー?」
「よくわかんねー」
 少女は足音を立てずに歩み寄る。
「…ただ、さ」
「ただ?」
 なんの警戒心もなく近づく少女に悪戯心が湧き起こる。

「いのが好きだなって、思った」

 無防備な少女の耳元で囁いたら。
「……っ!」
 驚きのあまり、耳を抑えて逃げ出そうとしたので。
 逃げられないように抱きしめた。



 もう静寂など求めない。
 独りの世界なんて必要ない。

 臥して待つことはもうしない。
 出てこない月なら、起き上がってこちらから出向くまで。
 手に入れたいものには積極的に行動する。
 他人に攫われる前に奪い取る。


 冷たくて暖かい、臥待月の光の下で。
 欠けた月に誓うのもいいかもしれない。



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