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忘れられた存在 (上)

 その日、下忍7班はDランク任務中、ルーキーのうちはサスケが珍しく足を滑らせた。
 倒れたサスケの前には運悪く任務に集中していたうずまきナルトがいて、ドベで有名なナルトは避けることすら出来ずに巻き込まれた。
 更に状況を悪くしたのは、ふたりの倒れ込んだ先が切り立った崖であったこと。
 ふたりは同僚の春野サクラと担当上忍はたけカカシが見ている中、縺れる様にしてあっという間に崖から転げ落ちていった。


 その話を新人下忍の山中いのが聞いたのは、実家の花屋に親友であり7班の班員である春野サクラが来たときだった。
「それでね、サスケ君は足を骨折しちゃって大変なの!」
 入院したんだけど、病室は個室で味気ないから見舞いのための花を買いにきたのだと。
 サクラは笑いながら話し、けれどその目は真剣に花を選んでいる。
「なんですってー!?」
 サスケの入院自体初耳だったいのはサクラからの情報を漏らさず聞き取ろうと接客を親に任せてサクラにくっついた。
「そんな大変なこと、どうして教えてくれなかったよー!!」
 聞けば事故は3日前の事で、初めの2日は入院の準備やらなにやらで他のことなど頭から追い出されていたという。確かにサスケは一人暮らしで数年前の事件で以来、一族同門だれひとりとして存在しないのだから、入院の準備は大変だっただろう。
 そう思うことでいのは一応の平静を取り戻した。
「で、サスケ君の容態はどうなのよ?」
 サクラが真剣な中にも心なしか楽しそうに見舞いの花を選んでいる事からそれほど酷い状態ではないのだろうと推察できるが、やはりちゃんと聞かないことには落ち着かない。
「単純骨折だって。だから直りも早いし、カカシ先生の応急手当が良かったから変なことにはならないだろうって」
 笑顔で答えるサクラを見て、いのは肩の力を抜いた。
「もうっ、心配させないでよー。でも、あんたが見舞いにいけるって事は、私が行っても問題ないってことよねー?」
 サクラに並んで花を見ていたいのが、笑顔になる。
 少女たちの間に、瞬間、見事な火花が散った。



 早速幼馴染のふたり、奈良シカマルと秋道チョウジを呼び出して、いのは笑顔で見舞いに行くと告げた。もちろん、ふたりに同行してもらう腹積もりだ。
「……めんどくせぇ」
「別に行ってもいいけど、僕お見舞いの品なんて持っていかないよ」
 シカマルはため息をつきながらいつもの台詞で婉曲的な拒絶を試みるも、不発。
 チョウジは初めから諦めているのか、お菓子を頬張りつつうなずいた。
「じゃあ、いくわよー!!」
 いのはシカマルとチョウジの間に入って両腕をふたりに引っ掛け、病院へと足を向けた。
「ちょ、ちょっと待て。今からかよ!!」
「当たり前でしょー? それでなくてもサクラに先越されてるってのにちんたらできる訳ないじゃない!!」
 無力な抵抗を見せるシカマルに強引な持論を押し付けて、いのはふたりを引きずる。
「ぼく、歩けるから放してよ。首が絞まって苦しい……」
 違う意味で抵抗するチョウジを放したいのは、シカマルに向き直る。
「私に逆らう気?」
 笑顔でシカマルに脅しをかけるいのにシカマルは両手を上げて降参の意を示す。
「行く前にひとつ聞いていいか?」
「なによぉ? 時間が惜しいから歩きながらならでいいでしょー?」
 これ以上逆らってもいのの言うとおり時間の無駄だと理解したシカマルは了承し、いのについて行くことにした。
「…で、だ。崖から落ちたのはサスケとナルトのふたりだったんだろ? サスケのことはいいとして、ナルトの方はどうなんだ?」
 気だるそうなシカマルの問いに、いのは知らないとだけ答えて手の中の花束を大事そうに持ち直す。
「なんだよ、そりゃ」
 拍子抜けしたシカマルを見ることなく、いのはさっさと歩を進める。
「だって、サクラは何も言ってなかったもの。だからナルトは大丈夫なんじゃない?」
 きっと、サスケ君が身を呈して守ったんだわ。
 恋する乙女の夢見る想像力を遺憾なく発揮したいのの言葉に、シカマルは肩を落とした。
「あんだよ、そりゃ……」
「だってそうでしょー? いくらドベだって、サクラにとってナルトは7班の仲間じゃない。だったら、もし何かあったんだったらサクラが何も言わないなんてはずないじゃない」
「確かにそうだな」
 いのの力説にシカマルとチョウジはうなずいた。
 自らの立場に当てはめれば答えはおのずと出てくる。
 自分がサスケの立場なら己の非で事故に巻き込んでしまった仲間を庇うだろうし、自分がサクラの立場なら怪我をした仲間を案じるだろう。
 そうでなければスリーマンセルである意味が無い。
 スリーマンセルは仲間という認識と協力という能力を引き伸ばすために存在しているのだから。
「じゃ、納得したトコで、しゅっぱーつ!」
 いのは納得したシカマルとチョウジをやはり両腕に引っ掛けたまま強制出発した。


 木の葉病院。
 木の葉隠れの里の唯一の病院にして、火の国の中でも最高峰と言われる総合病院である。
 最高峰と呼ばれる理由のひとつが医療忍者の存在にあることは言うまでも無いだろう。
 いのたち3人が連れ立って訪れたのはその木の葉病院1階にある総合案内所。
 昼過ぎの病院は見舞い客でごった返している。
「下忍のうちはサスケ君ですね。3階の326号室です。南端の角部屋だから分かりやすいと思うわよ」
 いのが受付の若い看護婦が出してきた見舞い者名簿に名前を書く。
「あー、うずまきナルトはどうしてますか?」
 続けて記帳を済ませたシカマルがペンと名簿をチョウジに渡し、ナルトの名前を出す。
「うずまきナルト君? ええ、5階の502号室よ。この階は他の入院患者さんがいないからこっちも分かりやすいわ」
「どういうこと?」
 記帳しながらチョウジが怪訝そうにいのに訊ねる。
「ナルト、入院してるんですか?」
 シカマルが看護婦に聞き返した。
「あら、知らなかったの? まあ仕方ないかもしれないわね。うちは君の方が怪我も酷かったし……」
 看護婦は苦笑して新しい見舞い客へと名簿を持っていった。
「めんどくせぇけど、どういうことだよ」
 眉間に皺を寄せてシカマルがいのに訊く。
「知らないわよー。ホントにサクラは何も言わなかったんだから…」
「でも、看護婦さんは怪我は酷くないって言ってたし、大丈夫だよ」
 尻すぼみに消えるいのの言葉にはげますようなチョウジが重ねる。
「そ、そうよね。単にサクラが言い忘れるくらいの怪我だったのよ、きっと!」
 立ち直ったいのにシカマルが溜息をついて断りを入れる。
「はぁ。俺はナルトの方に行くから」
 めんどくせぇけどよ。そう言って歩き出すシカマル。
「僕も行くよ」
 いのに断るようにチョウジが告げ、いのが頷いた。
「私もサスケ君のお見舞いを済ませたら、行くわ」
「うん、じゃあ僕ナルトのところで待ってるね」
 そう言ってチョウジはシカマルの後を追った。



 いのがサスケの病室で先に来ていたサクラと存分に火花を散らし合い、あまりの騒がしさに見かねた看護婦から注意を受け、さらに検診に来た医者に午後の検診だからとふたりして病室を追い出されたのは、シカマルたちと別れて1時間ほどしたころだった
。  サスケの状態が心配したほどでもなかったので、検診が終るまで病室の前で待つことにしたサクラを置いてたっぷりと未練を残しながらもチョウジとの約束のためにしぶしぶナルトの病室に足を向けた。
 静かすぎる無人の廊下を通ってうずまきナルトの名前の入ったプレートのかかる部屋を見つけ、いのはノックした。
「開いてるよ」
 部屋の中から聞こえた返事はチョウジの声だった。
「お邪魔しまーす」
 ドアを開ける音が廊下に大きく響く。
「事故ったってー? 相変わらずアンタってドジよねー。で、調子はどうなのよ?」
 いつもの調子で出した声が空しく響いた。
「ったく、ここ病室だぞ」
 シカマルが苦々しく呟く。
「なに、ナルトの怪我ってそんなに酷いの?」
 シカマルとチョウジとナルト。
 イケてない派と食欲1番とアカデミー1のドベ。
 平素なら3人揃えば騒々しいとまではいかないがそれなりに会話が成立している。
 それがないというのはやはりおかしいのだ。
「怪我は酷くないって」
 いのの疑問をチョウジが否定する。
「じゃあ…」
「誰?」
 いのの言葉を遮ったのは話題の中心、ナルトだった。
「なあ、シカマル。誰だってば?」
 ベッドの上で起き上がっていたナルトが備え付けのパイプ椅子に座るシカマルの袖を掴む。
「あー、俺たちの仲間のいのだ」
「僕とシカマルといのの3人が、10班なんだよ」
 シカマルとチョウジが交互に言う。
「ちょっと、あんたたち何言ってんのよー!」
 話についていけず、いのは大声で叫ぶ。
「うるせぇ」
 シカマルが耳を押さえて眉間に皺を寄せる。
 普段でも悪い目つきが更に悪くなった。
「いの、ナルトは怪我人なんだから、大声出しちゃダメだよ」
 チョウジにまで溜息を吐かれて、いのは黙り込む。
「あの看護婦さん、ナルトの怪我はサスケより酷くないって言ってたけど、やっぱり怪我してる事に変わりないんだよ?」
 諭すようなチョウジの言葉。
「めんどくせぇけど、説明する。もう大声出すなよ?」
 シカマルが疲れたように言うと、ナルトの状態を説明し始めた。



 話しを聞き終えて、呆然とするいの。
 言葉としては聞いた事があるし、ドラマや小説ではたまに使われるものだ。
 『記憶喪失』
 それが、ナルトの怪我の最も重い症状だった。



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